odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

荒俣宏「レックス・ムンディ」(集英社文庫) 世界を照らす光は古代財宝伝説と秘密結社を明るみにだす。

 古代から中世にかけてのキリスト教史は非常に興味深い。ごたぶんにもれず教義の解釈の相違によって分派が起こり、相対立して党派闘争があり、次第に勢力が伝播していくということが起きているからだ。おそらくイエス自身の考えがしっかりと保持されていたのは初期キリスト教集団のみではないかと思っているのと、その後のキリスト教の変貌が世界にどのような影響を及ぼしたかというのに興味があるので、このあたりをゆっくりと勉強している。
 そうすると必ず引っかかってくるのが、イエス磔刑で処刑されていない、何らかのしかた(別人が死んだ、死んだようにみせかけた、など)で生きながらえたという伝説である。それによると、イエスはトルコ、ギリシャ、ローマを歴訪し、最後にはカタルニアのモンサルヴァートでなくなったという。そこにいたると、伝説はゲルマンの神話その他のキリスト以前の神話と融合してくる。モンサルヴァートという聖地はアーサー王伝説にも登場して、聖杯探求物語の主要な場所になるのだ。ワーグナーの「ローエングリーン」「パルジファル」はこの地に関係しているのだった。
 しかもカタルニアから南フランス、北イタリアにかけては、中世最大の異端であるカタリ派の勢力地であり(ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」)、莫大な財宝が隠されたという伝説もある(笠井潔「サマー・アポカリプス」シモーヌ・ヴェーユの研究)。南フランスにはレンヌ・ル・シャトーという修道院があり、そこに隠されたとされる秘密の暗号を解いて、一夜にして莫大な財宝を入手したと思しき聖職者にして詐欺師(?)のような人物までがいる。中世フランスで作られ、現在まで連綿として存続するという秘密結社があり、そこにはユゴーバルザックドビュッシーコクトーのような文化著名人がトップであったという話もある(マイケル・ベイジェント/リチャード・リンカーン「レンヌ=ル・シャトーの謎」)。
 この伝説は、オカルトの大家である作者の琴線にしっかりと触れた。おそらくは、レイライン研究からこの伝説に入っていったのだろうと思われるが、そこでとどまることなくしっかりと初期キリスト教の問題にまで分け入っていき、さらには不死人伝説までも取り込むおおがかりな伝奇小説に仕上げた。あいにく事前に上記の本を読んでいて、さらにはバーバラ・スィーリング「イエスのミステリー」を読んでいたので、途中でネタが割れてしまった。これは残念。この人の本を読むと、これでもかというくらいの薀蓄というか雑学というかオタクネタがでてくるのが楽しみになるので、ちょっと残念。物事をたくさん知るということは、エンターテイメントの楽しみを減らすことになるのかな。