odd_hatchの読書ノート

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チェ・ゲバラ「モーターサイクルダイアリーズ」(角川文庫) 脳天気なほどの楽観主義の若者をささえる貧困な人々のやさしさ。

 ゲバラの著作は不定期に読んでいて、これが4冊目(「革命戦争の日々」集英社文庫、「ゲバラ日記」角川文庫、「ゲリラ戦」中公文庫に続く)。この本は、若いときの「成人旅行」の記録。医師を目指していたゲバラは、独り立ちの前に、友人といっしょに南米の無銭オートバイ旅行を試みる。アルゼンチンを出発して、チリの途中でオートバイは壊れてしまったので、後はヒッチハイクの旅になる。前半はまるで映画「イージーライダー」の雰囲気。その印象が強いので全体のタイトルを「モーターサイクルダイアリー」と名づけたとの由。
 第二次大戦後の大きな変化は飛行機が大衆的な移動手段になったことで、若い貧乏な人もワールドワイドな移動が可能になったことだ。戦前のジャン・ジュネ「泥棒日記」ではヨーロッパに限定されていた放浪の旅が、30年後の1950年代には南米全体をカバーするくらいになるというくらい。この変化に目をつけて、安上がりの世界旅行を試みる人はたくさんいて、この国にも小田実「何でも見てやろう」などがある。
 表面上はこの旅は悲惨というしかなくて、深夜の移動はしょっちゅうだし、食事もろくに取れないし、喘息もちのゲバラは薬が不足して発作をよく起こしていたり、寒さや蚊の襲来に往生したりという具合だ。それでもこの旅が輝いて見えるのは(2005年に映画化された)、二人の若者の脳天気なほどの楽観主義であり、それにもまして貧困な人々のやさしさにある。どの村に行っても、彼ら無銭の若者を助ける人がいて、自分の乏しい食事や金銭を削って彼らを援助しているのだ。その代わりに資本や国家の側は彼らに冷たく、それはそのまま地元の貧しい生活者への仕打ちにダブっている。ゲバラたちはそのような状況に触れることによって、自らの「革命性」に目覚めていく。
 彼の見聞したような貧乏、貧困、社会格差、セーフティネットからはみ出た人々、教育機会のない人などへの同情や憐憫をもち、それを生産し放置する国家や資本などに怒りを覚え、社会改革の意思に目覚める人は多い。問題は彼らの若い意思と行動力を受け入れる組織がかつては共産主義運動しかなかったということだ。そこにあるさまざまな組織的な運動論的な制約や問題は、社会改革や変革をほとんど実現できなかった。ここに書かれたゲバラの感情や見聞には共感するものの、その後のゲバラの人生にはさほど興味を覚えない、という自分の感想はこのあたりにある。
 たとえばほぼ同じ時期にアメリカを放浪したジャック・ケルアック「路上」があり、そこでも無謀な若者たちは虐げられた人々によってさまざまな恩恵を受けているのだが、著者たちは貧しい人々への共感を持つには至らない。それがアメリカという国のエリートやブルジョアの限界ということかしら。

  

2011/08/20 ジャン・ジュネ「泥棒日記」(新潮文庫)
2011/12/07 小田実「何でも見てやろう」(河出書房新社)
2018/04/10 アグネス・スメドレー「偉大なる道 上」(岩波文庫) 1953年
2018/04/06 エドガー・スノー「中国の赤い星 上」(ちくま学芸文庫) 1937年
2012/08/30 マハトマ・ガーンディー「真の独立への道」(岩波文庫)