odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

ハーバート・ブリーン「真実の問題」(ハヤカワポケットミステリ) マッカーシー旋風が収まったころに、正義を追求するために不幸になることを受け入れるか葛藤する。

 この作家は、第1作「ワイルダー一家の失踪」(ハヤカワポケットミステリ)を読んでいた。都筑道夫によると「イギリス趣味のないカー」であって、たしかこの一家の主人(というか家長)が次々と不可解な状況で失踪していくという話であった。アメリカ南部あたりの陽光は射すが陰惨で外部と交流のない家が不思議な雰囲気だったように記憶している。それ以外のストーリーを覚えていないことをみると、メイントリックに肩透かしをくったと思ったからだろう。(以上は「ワイルダー一家の失踪」再読の前の感想)
ハーバート・ブリーン「ワイルダー一家の失踪」(ハヤカワポケットミステリ)
 第5作か6作かにあたるこの作品。実は、ニコラス・ブレイク「証拠の問題」と間違って購入してしまい、上記「ワイルダー一家の失踪」の作者のものとはあとがきを読むまでわからなかった。なにしろ、今回の作品は警察官を主人公にし、謎解きよりも正義を問題にした作品であるからだ。定年直前の老刑事と新人刑事が老婆殺人事件を捜査する。前科のある男が捜査線上に浮かび、彼を逮捕しようとしたとき、うっかりしたミスで証拠を隠滅されてしまう。そのままでは起訴できても実刑判決を得ることができない。老刑事は偽証することにし、新人もその場では納得したものの、被疑者の係累に会ううちに自信は揺らいでいく。自分のしたことは正しいことであるのか。
 このような主題の物語は、マッギヴァーンの警察小説で読んできた。ブリーンのこの作品もマッギヴァーンの活躍と一致する時期にかかれたものである。繰り返しになるが、1950年代半ばのこの時期、ようやくマッカーシー旋風(反共活動委員会)が収まったころ。正義とはなにか、そのことに対してアメリカが懐疑的になっていたころだ。とくに知識人にとっては深刻な問題で、ほとんどの知識人は、マッカーシーが活躍していたときに口をつぐんでいたという状況があったからだ。ブリーンがどういう主張を持っていたかはしらないが、当時の状況に触発されてこの作品を書いたに違いない。また繰り返しになるが、正義を追求するために自分が不幸になることを受け入れるべきかというイエス以来の古くて今でも深刻な倫理の問題に直面することになっているのだ。この作品では、マッギヴァーンとはちょっとちがった解決を模索することになる(偽証したことを証言するのではなく、真犯人を逮捕しようとする)。
 ブリーンはやはり知的な人であるらしく、主人公の青年の心理描写、内面描写が細かくリアリスティック。特に運動面に優れているわけではない内向的な青年というキャラクターなので、考えるということがたくさん行われているからだ。瞬間湯沸かし器のような激情型のマッギヴァーンの主人公とはちょっと違っている。その分、ブリーンのほうが「純文学」的だ。主人公に神のことを考えさせたら、グレアム・グリーンになるだろう。
2005/1/13
 最後にちょっとしたどんでん返し。主人公の恋愛が成就するハッピーエンド。こういうところはエンターテイメント作品。グリーンになるには、ブリーンはベストセラー作家すぎた(「あなたも煙草をやめられる」という小説で大ブレイク)。おっと、無意識に駄洒落がでちまった。