odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

法月綸太郎「密閉教室」(講談社)

 1988年に出た著者デビュー作。同時期に「新本格」のデビュー作をいろいろ読み漁ったが、継続して読み続けたいと思う新人作家はこの人以外見つからなかった。結局、継続して新作を追いかけたのはすでに数作を発表していて内容が衝撃的だった笠井潔竹本健治と、著者だけになった。文体と、謎解き・犯人当て以外の問題を持っていたことが継続して読むことを決めた理由になったと思う。

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 さて、ある高校で早朝にやってきた女学生が教室が封鎖されているのにであう。居合わせた担任がドアを破ると、なかには首を斬られた生徒が倒れている。奇妙なのはドアが内側からテープで密閉された「密室」状態であることと、教室内の机と椅子がなくなっていること(周辺の教室に持ち込まれていた)。現場の状況は作中に言及のあるクイーン「チャイナ橙の謎」を改装したものといえる。そのうえ殺害時刻は前日の午後6-7時と推定されたが、死亡時刻のあとの夜間に死者は電話をかけていた。また被害者は子供のころの事情でクラスメイトより一つ年上。それに魅かれてか、数人の女生徒がつきあいをもっていて、数週間前に切れた戻したの騒ぎもあったらしい。
 この学校は進学校のようであるが(生徒のだれもが冷静で知的な対応をする)、半年まえに盗撮騒ぎがあり、女生徒のプライバシーをおもんばかってうやむやに処理したことがある。この地には地元の暴力団があって、その息子が事件の起きたクラスの一員であった。ちょっと物騒なところ。
 事件はクラスの一員である工藤順也が「僕」の一人称で語る。クラスの中で成績優秀ともくされているわけではないが、探偵小説マニアであるので担任の国語教師から意見を求められ、警部が感心したので、捜査に加わることができたのだった。クラスの中の恋愛沙汰には無縁、運動をしているわけでもないので英雄にはなれないし、といってマニアや物好きとして集団から離れているわけでもない。目立たないが頭は切れるので、一目置かれるくらいの存在。そこが探偵の資格を持っているとみなされる理由になる。(以上の特徴は、次作からでてくる作者と同名の探偵の特徴でもある。本書の警部や担任の役割になるのが、父の警視になるわけだ。加えて一人称視点の文章はハードボイルドのもので、三人称の探偵視点で書かれる次作以降のものと共通。)
 外見上の事件は、あるべきものがない教室に殺される理由のない死体が存在しているということに尽きる。不可解で不可能な状況はそうしなければならない理由と方法が合理的に解き明かされる。その特殊な事情が成り立つにはとても複雑な背景を設定しないといけない。リアリズムを犠牲にした理由であるのを巧妙に隠蔽して、背景を知らしめるための情報はとても繊細に、ち密に配置されている。探偵は背景の解明にフォーカスしたので、読者も気を取られるのであるが、どうじにクラスの中の嵐もまた事件に関係しているのであって、すっかり忘れていた読者は最後の「さてみなさん」で説明されたとき、度肝をぬかれるのである。
 本書一度きりの探偵である工藤順也は作者と同名の探偵と似ていると指摘したが、外見や方法のみならず、探偵の失敗という点でも共通している。すなわち本書のヒロインらが指摘するように探偵にはナルシズムという欠点があり、それが偏見や思い込みを助長しているから。したがって、「お前が犯人だ」と指摘された後に、逆襲され狼狽することになる。まあ、私的制裁を単独で実行するという思い上がりが足をすくわれたわけだ。本書では女学生の信頼を失うことですんでいるが、探偵を本職にしたときには、その程度では終わらない。という具合に、作者の後のテーマがここに内包されている。なるほど、デビュー作には作者のすべてがつまっているというわけだ。
 本書の評価をあげるのは、高校生の青春を描いているところ。校舎や校内の描写はほとんどなくて、抽象的でのっぺらぼうとした学校という印象になり、登場する学生の数はすくなく(せいぜい7-8人か。なので固有名を持った人を追いかけると、謎のいったんは解ける)、大人の描写はどうにか受け入れられるというものだが(なにしろ22歳で書いたのだから、よく健闘したと思うよ)、この高校生の内面は読者である自分に近しかったものだ。生と死に関する生硬で抽象的で飛躍の多い文章をかいたり、あえて相手を傷つけるようなぶっきらぼうな物言いをするとか、蘊蓄を披露したがるところとか、他人の色恋沙汰に首を突っ込むところとか。まあ、少女マンガのような周りに祝福される恋愛はなく、少年マンガのような努力と友情もない。なるほど、似たような進学校で自分の経験したような汗はないが、本作の知的エリート候補たちの青春はとてもリアル。