odd_hatchの読書ノート

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ロバート・マキャモン「ブルーワールド」(文春文庫)-2

 こちらでは前半の短編の感想。

 中編「ブルーワールド」の感想は、ロバート・マキャモン「ブルーワールド」(文春文庫)-1 で。

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スズメバチの夏 ・・・ 都会の家族が田舎に避暑に行く途中、道に迷ってガソリンスタンドに到着する。ガソリンはないという返事。スズメバチの夏。田舎の閉鎖性と外部の排他性が印象的。救いのないような終わり方(映画「ターミネーター」のラストシーンみたい、かな?)

メーキャップ ・・・ ジーン・ハーロウのメーキャップケースを盗むつもりが、モンスター俳優のものを盗んでしまった。警察のお尋ね者にはなるわ、古買屋のボスには裏切られるわと散々な眼にあっている。メーキャップケースはなぜか銀の手が差し招き、チンピラにメーキャップを施す。そのとたんに異常な力がわいてきて・・・。解説ではリチャード・マシスンが書きそうな話というがそのとおり。ブロックやスレッサーやブラウンではないな。ブラッドベリなら書きそうだが、もっとユーモラスな話になりそう。

死の都 ・・・ 眼が覚めると、世界は死んでいた。前夜まで生きていたものが骸骨になり、町は霧に覆われている。電話がなる、テレビは骸骨のアナウンサーを映している。町で見たのはただ一人の少女。泣いている。彼女をつれてセブンイレブンにいったとき、それが正体をみせる。エンディングの落とし方が面白いやりかた。迷宮というか永劫回帰というか。

ミミズ小隊 ・・・ 竜巻の近づくアラバマ州の軽食屋。警官が来て、旅の親子がやってくる。三番目は普通じゃなかった。ベトナム帰還兵で、自分は「ミミズ小隊」に追いかけられているという(開高健も経験したような待ち伏せにあって、他の隊員を踏みつけ置き去りにして逃げた。小隊全滅。唯一の生き残りになったという経験をしているのだ)。三日前にはフロリダでミミズ小隊と戦ったという。そして軽食屋に彼らが訪れる。ベトナム帰還兵の憂鬱とPTSDを描かせて、すごい迫力になった。彼らは内面でこういう戦いをしている(生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」ちくま学芸文庫)。「フル・メタル・ジャケット」「プラトーン」「ハンバーガー・ヒル」のようなベトナム戦争映画のあとにこれを読んでくれ。ついでにいうと、俺は「ディア・ハンター」と「地獄の黙示録」は採らない。

針 ・・・ 針を見つめる狂人の内面描写。読後はなんともぐったりしたかんじ。頭の調子がおかしくなったオイディプス

キイスケのカゴ ・・・ 刑務所に入った読み書きのできない青年。誰からも相手にされないが、ホワイティと呼ばれる黒人に妙にすかれる。彼はキイスケという鳥をもっていて、夜中にそれを放しては遠い町のことを教えるのだった。そのために彼は「魔術師」と呼ばれ、看守にも一目置かれている。さて、ホワイティが体を壊し、余命がなくなったと気づく時、青年を呼んだ。ホラーではないな。解説者はマジック・リアリズムといっているが、たしかに中南米文学のにおいがする。

アイ・スクリーム・マン ・・・ アイス・クリーム(Ice Creame)をアイ・スクリーム(I Screame)にしたのはキングが先じゃなかったかと、記憶の網をたぐるが、なにも引っかからない(どこかの本には古い俗謡にあったとの由)。世界は核戦争で終末を迎え、「私」は家に閉じこもり、子供たちと遊んでいる。アイ・スクリーム・マンは毎日、家を訪れては「死体をだせ」という。

そいつがドアをノックする ・・・ 人生で失敗ばかりしてきたダンはこの田舎町にきてからうまいことばかりが続く。でも、ハロウィーンの日、彼は村の集会に呼ばれそいつが望んでいるものを用意しなければならないと命じられる。古典的な「悪魔との取引」のモダンな変奏。とてもえぐくてグロテスクになったけどね。

チコ ・・・ 夏のクソ暑いアパートに工場員夫婦が暮らす。暑さもつらいが、彼らの息子、耳は聞こえず、しゃべれず、目の悪い男の子、の存在が二人にのしかかる。ゴキブリの這い回る部屋で、夫はビールを飲むしかない。超能力があるのに、誰も気付かないという救いのなさ。

夜はグリーンファルコンを呼ぶ ・・・ 1949年から54年までTVの活劇アクションスターをしていた俳優。今は床磨きでどうにか暮らしている。隣室の20歳の女が切り裂き魔に殺されたのを目撃した時、スターは復活した。昔の衣装をきて、歓楽街を歩く。この国でいうと、白馬童子月光仮面や怪傑ハリマオーをやっていた俳優が1980年代に当時の衣装で歌舞伎町や中州やススキノに乗り込んだようなものだ。あとは、すぐに息の切れる63歳の男の、格好悪いが心を打つ活躍を見守ろう。当時の子供向け活劇アクションへの愛もさることながら、古いアクション連載小説のパスティーシュであることも楽しみのひとつ。章の終わりにグリーン・ファルコンは必ず絶体絶命の危機にあうのだが、次の章の始まりで助け出され、新しい冒険が始まる。胸が躍るなあ。

赤い家 ・・・ 18歳になった「ぼく」は大学に進みたいが親は反対している。自分と同じように町の工場に勤めればよい、と。隣の家が赤く塗られ(親父は赤が大嫌い)、赤い服をきている一家が越してきて、工場は操業が倍になり、親父のいらいらはまさっていく。そしてついに爆発して・・・。悪魔のような存在が狂言まわしになって、親と子の葛藤を解決する。これは「少年時代」にあってもおかしくないようなエピソード。

なにかが通り過ぎていった ・・・ それは半年前に地球を飲み込み、全部の物理現実をおかしくしてしまった。壁は真空を作り出し、水は危険きわまりなく、石油は安全な飲み物になり、コンクリートは砂のように何もかも飲み込身、突然人が爆発炎上する。生き延びたもののうち、男は若くなり、女は年老いていく。シュールな静かな終末。
 ちなみに本文にホラー作家25人の名前が埋め込まれているそうで、キング・ブラッドベリ・ブラック・エリソン・ストラウブ・バーカー・グレシャム・ソール・ダニエルズ・ストライバーくらいはわかっても、全部となると、もう無理~(@メーコブbyおかあさんといっしょ「ポトポッテイト」)。

 

 モダンホラーは短編だと書き込みが足りなくなって物足りないなあ、という印象。マキャモンのように平易な文章を書く人だと(高校教科書に採用できるくらいのわかりやすい英文だ)、細部の書き込みが足りないと恐怖や不安や狂気は伝わらないし、主人公の心理というか事態の分析も不足しがちなのでね。スピーディーに物語を進めるということでは、映像のほうが有利。ここはマキャモンに限った話ではない。
 「ミミズ小隊」。「キイスケのカゴ」が読ませる佳作。古典的なシチュエーションを踏襲している「スズメバチの夏」「メーキャップ」「そいつがドアをノックする 」「赤い家」は入門用。「夜はグリーンファルコンを呼ぶ」は年寄りには涙無しには読めない。これを読んだら、アドルフォ・ビオイ=カサーレス「豚の戦記」(集英社文庫)も読んでおきたい。
 「死の都」「アイ・スクリーム・マン」「チコ」「なにかが通り過ぎていった」は人間の狂気を描いていて、ここらは古典怪奇小説にはなかったもの。19世紀の古い怪奇小説だと、語り手の正気は疑いようがなく、世界のほうが壊れているという図式。20世紀前半の怪奇小説では、語り手が自分の正気を疑うところまで。SFでも世界が壊れているのか、語り手が壊れているのかわからないことが書かれるけど、たいていはどこかに正気を保つ場所がある。でもモダンホラーではそのような正気の場所がないので、それが怖い。