odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

法月綸太郎「二の悲劇」(祥伝社)

 見かけは単純だった。OLが殺され、顔を焼かれて放置される。ルームメイトの女が逃亡している。彼女を捕まえればいい。法月に相談が来た事件の概要はこんなことだった。奇妙なのは、殺された女が鍵を飲み込んでいたこと。おもちゃのような鍵を使うものは部屋にはみあたらない。そこで鍵の使い道を考える討論会を行う。
 こういう調子でサマリーを書くといつになっても終わらないので、ストーリーは端折って、判明した事実をあげる。ルームシェアをしていたのは、京都の高校を卒業した同級生。上京して二人暮らしを始めるほどの中で、どちらも雑誌編集者。殺された清原奈津美は京都に出張した際に、同級生の二宮に偶然出会う。男はルームシェアの相棒である葛見(カツミ)百合子の名を呼ぶ。なぜか名前の誤りを訂正できなかった清原はそのまま交際を重ねる。別人を名乗るという不自然さにストレスがたまる。一方、葛見は同僚の三木の子を妊娠する。三木は葛見から逃げ出し、堕胎を余儀なくされる。あまつさえ、三木が清原にいいよるのを知ってしまう。情緒不安定な葛見は突然殺意をもって、清原を惨殺する。そして行方不明になる、数日後、京都の町はずれで滑落死しているのが発見される。

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 表面上は、二人の怨恨ということで終了しそう。事件の鍵になる二宮は6年前に死んでいた。でも、法月は清原の日記の存在に固執する。そこにかかれた清原の心情(上記のような関係)がフィクションであるとは思えず、清原と葛見のそれぞれの恋愛のすれ違いではなく、二人ともうひとりの三角関係が存在すると考えたのだ。そのうえ、二人の卒業アルバムでは写真と名前が入れ替わっていて、どちらがどちらであるのかを、高校時代の出来事を知らない限り、区別するのが困難であるという事態が起きている。
 タイトル「二の悲劇」はダブル・ミーニングであり、二の示すものが複数あるということ。ひとつは清原と葛見の自他分離のできていないような関係であり、卒業アルバムの写真いれかえにより顔と名前が不一致であり二人を演じなければならないという事態を生きることである。もうひとつは、作中に挿入される「きみ」を主人公にするナラティブ。どうやら「きみ」と呼ばれるのは清原の出会って交際した男のことのようであり、しかしだれがなぜ二人称で呼びかけるのは判然としない(真相がわかると、切実な理由があるのがわかる)。
 事件の構造は短編「トゥ・オブ・アス」@しらみつぶしの時計(祥伝社文庫)に書かれているので、そちらを参照したほうがわかりやすい(二つの作品のアイデアは在学中にあったもので、短編を書いて長編になったらしい(発表順は逆)。ややこしい「トゥ・オブ・アス(私たち二人)」。これを長編のタイトルにすると、仕掛けがみえてくるようなので、「二の悲劇」にしたのは正解。ここでも仕掛けを説明するわけにはいかないので、もどかしい。秘密の日記に書いておこう。きわめて特殊な状況でなければ実現不可能な出来事が、この作品では無理なく実現している。その技術や手腕はみごと。派手なトリックがなくても、探偵小説が成り立つことを示した。
 作家は本作を書くのに二年をかけたそうだ。そうなったのは、この仕掛けを描くのに微妙な文章を書かねばならないということがある。もう一つは、複数の文体を使い分けなけらばならないこと。法水の捜査を描く三人称法月視点の文章。清原の書く感情過多の日記文。「きみ」によびかける二人称。多く出てくるのはこの3つの文体。途中、娘を亡くした老母(とはいえ50代)の繰り言があり、自立した女性のくだけた会話口調(これを「男勝りの」という比喩を使ってはならない)。こういうこれまでに書いたことのない文体を創造し、リアルであると思わせるまで練り上げるのは大変な作業であったにちがいない。(ではあっても、自立心のないような「きみ」の呼びかけを読むのは苦痛だった。ああいうのが、1990年代バブル以後のうだつのあがらない内気な独身男性の内面の典型ではあったと思う)。
 なお、ラストシーンは「頼子のために」の再現となるが、法月の決断は前作とは異なる。まあ、利害関係のない第三者であることを貫くことができたからであるし、強烈な個性で事件を構想する意思の持ち主が不在であることがその理由。
(複雑な三角関係からエラリー・クイーンの「」「三角形の第四辺」「最後の女」などを想起したが、最も近いのは作者のいう通り「心地よく秘密めいた場所」だな。)
 小さい文句。祥伝社文庫は最近の文庫にしては文字が小さく、ページ当たりの文字数が多い。もう高校生ではないので、目にやさしくなく、読みづらかった。