odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「心地よく秘密めいた場所」(ハヤカワポケットミステリ)

 品切れになって久しいらしくサマリーがネットにない。しかたがない、記憶を頼りに書いてみよう。
 ウォルトは長年世界的企業インポーチュナの監査役兼副社長を務めていたが、公金横領が企業主ニーノに知られてしまった。ニーノはウォルトに娘バージニア21歳を妻になるよう説得すれば、見逃すと持ちかけた。しかも、結婚後5年をすぎないと財産相続権を得られないことも条件に加えた。それが1962年。それから5年たった1967年になると、バージニアはニーノの秘書ピーターと恋仲になっていた。とあるレストランで、上のような条件の話をしたときから、ピーターの態度が変わる。さらに6か月(?)が経過した時、インポーチュナを支えるニーノの弟ジュリオが撲殺された。現場の証拠はもう一人の弟でアル中マルコを示している。マルコは嫌疑に耐えきれず、自殺。そこから3カ月が過ぎたとき、今度はニーノが撲殺された。それは結婚から5年目の記念日で、財産相続権がバージニアに発生する日だった。事件の捜査を担当するクイーン警視は息子エラリーを伴って現場にいく。その後、クイーン警視のもとに、謎の手紙が9通届いた。エラリーによると犯人の犯行声明ないし予告であるらしい。例によって、この種の奇妙なプレゼントやメッセージからいろいろな解釈を持ちだして得意げに語るエラリー。あいにく彼の推理は事実(警察の地道な検証と証拠集めだ)によってダメだしされる。それでも、バージニアの日記を読むことによって、真相にたどり着いた。意外な犯人がみつかる。犯人の意外性は十分なのだが、アンフェアの一歩手前あたりにいる。あと一人称の文章は犯人隠匿を意図せずして行ってしまうという例証にもなった。
 「心地よく秘密めいた場所」とは見開きの引用によると、胎内または墓場とのこと。もうひとつは、心の中でもあるという解釈も可能かな。ニーノもバージニアも見せかけの夫婦を演じてはいるものの、自分の決意を述べることはせず、真意はだれにも話さない。バージニアに至っては真実の心理は日記の中にしかないのだしね。クイーンの長編に登場する人物は、たいてい孤独であるのだが、ここに至っては、ほぼ全員が殻に閉じこもっている。彼らがくつろげる場所は心の中であるのだが、そこに他者がいないというのはつらいだろう。これは読み過ぎになるな。
 さて、事件の状況は、大企業を経営する3兄弟の葛藤、さらに60代の老いを自覚したヒーローの冷や水から起こした混乱が原因になっている。さらに被害者ニーノは傲慢ですべてを自分で決する独裁者、兄弟や秘書は一見服従しているものの内面では憎悪と抵抗を感じているというのもいつものパターン。また奇妙なメッセージのさまざまな解読というのも、繰り返される趣向だ。いずれもクイーンではなじみのもので、「十日間の不思議」「帝王死す」「フォックス家の殺人」「クイーン警視自身の事件」「盤面の敵」「最後の女」その他で何度読んだことだろう。(そう忘れていた、最後の一文で犯人の名を明かすというのは「フランス白粉の謎」以来の趣向であった。)
 とうわけで、できのよくないセルフパロディに読めてしまった。あるいはかすれた声で歌う懐かしのメロディ。オリジナル・クイーンもすでに一人きり。こういう懐かしい物語を欲望したのかしら。