odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

アガサ・クリスティ「シタフォードの秘密」(ハヤカワ文庫)

 ハヤカワ文庫は「シタフォードの秘密」で、創元推理文庫は「シタフォードの謎」。違いはないです。
 なるほど19世紀末からオカルトが流行り、大衆に広く膾炙した。帝政ロシアラスプーチンなどをいう怪僧が政権に口を出すくらいになり、ブラヴァツキー夫人とかシュタイナーなどの神秘主義者に人気があり、霊視・交霊術その他を生業にするインチキ霊能者にはことかかない。文化人、科学者もまじめに検討しているほど。1931年作のこの小説の冒頭が素人が集まっての交霊術というのもその反映。

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 長年トリヴェリアン大佐が住んでいたシタフォード荘を借りたいという夫人が現れ、娘と住み始めた。このパーティ好きの女性は周囲の人を招いていたが、吹雪いてきた今晩の趣向はテーブル・ターニング。数人でテーブルを囲んでいると、霊が下りてきて、カタカタという音を立てる。その回数がアルファベットに対応していて、霊界の予言を伝えるという。さて、このテーブルは「死人がでる」といいだす。誰かというと「大佐」だという。みなはまあ余興だから捨ておきましょうというのに、大佐の長年の親友であるバーなびー少佐が吹雪をついて、大佐の住んでいる別のコテージに行くことにした。雪と風と格闘すること2時間。ようやくたどり着いたとき、撲殺された大佐の死体を発見した。推定死亡時刻はテーブル・ターニングのまさにそのとき。
 この大佐は人嫌いであっても敵はいないし、それなりの資産家。遺言状を見ると、妹とその家族にほぼ均等に贈ることになっている(自身は独身)。この一族はあまり金を持たないが、といって殺人を犯すほどの度胸をもっているものはいない。なかでは、事件の当日に大佐に会いに行った甥がいて、アリバイがないところから第一級の容疑者になり、逮捕された。そこで、彼のフィアンセであるエミリー・トレファシスは事件の記事を書くために村に来ていたエンタビーと共闘して、捜査を開始した。このお嬢さん、美貌であるうえに気丈で機転もきいて、人から話を引き出す能力に優れ…となんとも魅力的な女性。事件の関係者の女性が探偵役になるのは、カーやアイリッシュによくある。ただ当時では女性が一人で動けるわけではなく、男性の介添えを必要とする(自立した女性探偵は1970年代以降)。そうすると、ラブ・ロマンスも生まれてハッピーエンドになるものだが、ここでは女性は男性を振ってしまう。なるほど、恋愛では女性の自立はあり得たわけだ。ここは目につくところ。あと、寝たきりのお婆さんが最も人間観察力があるというところも。他人には辛らつだが、適格このうえない評価を下す。たぶん犯人は先に知っていたのではないかな。このキャラクターの延長にミス・マープルがいるのだろう(ミス・マープルの登場は1927年からなので、ちょっと違う)。
 交霊術ないし霊能者による殺人予告通りに事件が起きたというのは、カーター・ディクスン読者よ欺かれるなかれ」やヘイク・タルボット「魔の淵」、チェスタトン「ムーン・クレサントの奇跡@ブラウン神父の不信」あたり。これらの諸作だと、霊のお告げがどうのこうの、交霊術のトリックがどうのこうのとかまびすしいが、クリスティ女史にあっては「冬の夜の団欒」の一言でスルーしてしまう。なので、テーブル・ターニングで予言が現れた理由は不明なまま(まあ、犯人が動かしたのだろうが)。
 なので、小説の大半はエミリーやナラコット警部による関係者の聞き取り。とくにエミリーのときには、単刀直入な質問ができないので、ほとんどがおしゃべりやうわさ話になる。男が読むと結構へこたれそう長話をきかされるのだが、ある一言に事件解決の重要な証言(とくに動機に関する情報)が隠れているので、読み過ごさないように。このおしゃべりは後年の作になるほど、自然になるものだが、ここではまだまだ堅苦しい感じ。「意外な犯人」にこだわり、犯人を隠すために無数のトラップを貼るのに大変だったのかも。一方「意外な犯人」と動機の点では優秀なできばえ。トリックは有名になり過ぎたかもしれない。むしろ時間錯誤させる語りのうまさに脱帽。トリックよりも小説の技術に驚かされる優秀作。
 シタフォードは「村」といっても、住民はプチブルか有閑な資産もち。ほぼすべての家に下男・女中がいる。そのうえ南アフリカ、オーストラリアにはビザなしで渡航できる。大ブリテン帝国の威容がまだ消えていないころ(初出は1931年)。この数年後の「オリエント急行の殺人」「晩餐会の13人(エッジウェア卿の死)」ではアメリカがやってきて、ヨーロッパを不安にさせる。(クリスティはファシズムには鈍感だった様子)