odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

ギルバート・チェスタトン「ブラウン神父の不信」(創元推理文庫)

ブラウン神父ものの第3作。1926年初出。前作からはすこし間が空いた。この間の大きな出来事は第一次世界大戦。これの影響はヨーロッパの啓蒙主義とか形而上学が深刻な打撃と受けたことと、アメリカが<帝国>として姿を現したこと。後者の場合、アドルノが指摘したような文化産業がヨーロッパの芸術や思想を低俗にしていったというようなことにつながるのだが、同じながれでいうと、チェスタトンの見出したアメリカのよくないことはセンセーショナリズムなジャーナリズムとマスコミかな。それらが匿名で無責任な記事を垂れ流すことで、ヨーロッパの教養を解体しているのではないか、そんな危惧をこの短編集で表明しているみたい。他にもアメリカ批判はたくさん。あと、自由競争の弊害についてだな。この時代、アメリカは空前の好況。いっぽう禁酒法とマフィアの抗争の時代でもあり、政府と企業の腐敗もたくさんあった。

ブラウン神父の復活 ・・・ 中南米のどこかに赴任している神父。アメリカの記者にせがまれてしゃべった過去の探偵譚が記事になり、読者の評判を聞いた。おりしもその町では、保守系政党と無神論者の革新グループが熱烈な政治運動を展開している。その革新グループの首領から内密にあいたいという連絡を受けて、宵闇をでかけたところ、神父は賊に襲われてしまった。神父死亡!の報があたりを駆け巡り、神父の盛大な葬儀が執行される。そのさなかに神父が復活した。冒頭付近のなにげない一言が後になって効いてくるという絶妙な書き方。このタイトルにしたのは、ホームズ譚にならった作者のお遊びなのだろうなあ。

天の矢 ・・・ 若いころに荒くれ生活をしていた男がいまや大実業家。彼はかつて裏切った仲間の復讐を恐れている。そこで、秘書兼ボディガードを雇った。その若いボディガードもまた復讐者に復讐しようという野心を持っているのだった。さてこの百万長者は毎日15分間、部屋にこもって宝物を鑑賞することにしている。その間、独りきりになるのでボディガードは部屋と屋敷に警報装置を備えていた。神父が訪ねた日、出入りのまずできない部屋で百万長者が矢で刺し殺されているのが見つかる。タイトルは、どこから打ち込まれたかわからない凶器ということと、聖書の神は不正、不実なものを監視して、ことに当たる前に天から矢を放つという故事に基づく。ここでも過去と現在が交じり合い、見かけと実質が違うという仕掛け。

犬のお告げ ・・・ H.S.サンテッスン「密室殺人傑作選」(ハヤカワポケットミステリ)に収録。金持ちの大佐の娘はそろそろ年頃。優秀なフィアンセとの仲も良い。そこで、弁護士を呼んで遺言を書き換えることにした。その家には不肖の二人の甥もそろっている。さて翌日、みなが午前の散歩を楽しんでいるとき、大佐は浜辺のあずまやで刺殺されていた。その家に出入りした後はなく、凶器も見つからない。その直前に、ステッキをひろう遊びをしていた犬が悲しげに吠え立てる。まるで、大佐の死を悲しむように。プロットはこのようなものがだ、そこはチェスタトン。神父への報告という形式をとっているので、複数の話者が時間関係をごちゃまぜにした話がストーリーになる。そこがうまい手。もうひとつは、神秘主義とか陰謀論への牽制。常識とか日常から離れたことに何か神秘的な解釈をして、世界を説明したつもりになってしまうのはよくあること。でも、神父の推理のように、出来事はたいてい合理的に説明がつき、奇跡とか陰謀とかはたいてい脳内妄想なのである。ここでは犬のお告げが俎上に上げられ、解釈しなおされる。いやあ、ある種のひとにはきついなあ、その種の人はぽかんをするだろうけど。

ムーン・クレサントの奇跡 ・・・ 独善的な百万長者が秘書その他に監視された部屋にこもっている。神父がやってきて、「部屋にいるか確かめてほしい。いま、路地で百万長者にのろいをかけたといってピストルをぶっ放した男と合ったので」という。そこで部屋を空けると、2階だか3階だかの部屋から長者は姿を消している。そして近くの木に首に縄をくくって吊られているのを発見した。まあトリックの詳細は書くまい。もう有名だから。ポイントは、過去の事件にあって、この百万長者は人の本性を見抜く名人であるけど、あまりに的確なので人の憎悪を買ってしまうというパラドックス。書き方を変えれば、ロス・マクドナルドの事件になる。

金の十字架の呪い ・・・ ここで神父はイギリスに帰る。初期キリスト教の遺跡を発掘している考古学者が地下の墓地で金の十字架を発見する。それ以来、なにものかがそれを墳墓に戻せ、さもないと呪いがかかるという脅迫をするようになった。神経質になった学者は神父に同行してもらい脅迫者をあぶりだそうとしたが、行き先の中世教会でまったく同じ話を聞かされる。石棺を開けると、そこには中世の遺体が。詳しく調査しようとすると石棺の蓋が落ち、学者に重傷を負わせ、中世教会の遺跡を案内した牧師が失踪する。古い呪いのせい?とみながおびえる中、神父の説明が始まる。ここでも奇跡とか呪いとかを信じたがるわれわけのドクサ、偏見に問題があると神父に説教されるわけだが、彼ほどの洞察力がないので、読者はうなだれるしかないな。

翼ある剣 ・・・ ある資産家が捨て子に財産を譲ったが息子らの猛反対と裁判の結果、息子たちに贈られることになった。捨て子は復讐の鬼と化し、兄弟三人に翼ある剣のシンボルをつけた脅迫状を送っては、次々と殺していった。生き残りの末っ子は下男や女中を解雇し家に閉じこもっている。友人が気になって神父をおくった。神父の前で末っ子は復讐には返り討ちをすると宣言し、白魔術を使うという。その結果、雪の振る庭に足跡のない状態で黒魔術の格好をした死体が見つかる。登場人物わずかに三人、それでいてすこぶる奇妙な解決。それを見つける神父の観察眼。俺は「犬のお告げ」よりこちらを取りたい。

ダーナウェイ家の呪い ・・・ 古い貴族の家。そろそろ娘が年頃になり、オーストラリアから許婚をもらうことにした。そこで画家に骨董やら肖像画やらを鑑定させたが、そこには17世紀ころの古い良く書けた肖像画があるという。その絵には呪いがかけられていて、ちょうど7代目にあたるオーストラリア人がそれにあたるという。そんなものはないと主張するオーストラリア人の許婚は写真を取る準備に大わらわだったが、そろそろ撮影できるというときに、殺されてしまった。錯誤のトリックが見事。ふたつあって、ひとつは奇妙な死体の隠し場所、もうひとつは殺人時刻のずれ。事件を語るストーリーは退屈なのだが、神父の推理を聞く壇になって、前半の印象ががらっと変わる。

ギデオン・ワイズの亡霊 ・・・ 3人の老実業家が話し合っている。目下の労働運動およびその指導をしているボリシェヴィキたち。それから好況で事業参入が容易になり、ライバルが現れてくる事態に対して。その話し合いの数日後、3人の老実業家はそれぞれ離れた場所で殺されてしまった。奇妙なのは、最後のギデオン・ワイズの場合で、彼は秘書によって海岸から突き落とされたのだが、翌日の夜、幽霊で現れたと秘書が錯乱し、崖をようやく登りつめた実は死んでいなかったギデオンが秘書の無実を証言した。さてこの奇妙な事態は。まあ、あまりに労働運動家たちの描写が迫真的なので、本当の動機が隠されてしまったというわけだ。


 薀蓄を語ることは勉強すればたいていの頭のいい人には可能なのであって、こと探偵小説では珍しくない。だがチェスタトンの披露するのは、教養。そこではあるジャンルについての深い知識を披露するより、異なるジャンル間を知がリンクして、まるで関係ないことがつながっていることを明らかにする。もうひとつ重要なのは、深い教養があることで、人生のさまざまな場面に対する合理的で冷静な判断をするようにしむけることができる。こちらのほうが、より重要なのだろうな。この短編集では、呪いや奇跡、幽霊にニセ科学などが表れ、知識人やエリート、企業人らはたやすくそれを信じてしまう。すなわち「自分で見たものしか信じない」という態度によって。そうすると、サマリーにあるような呪いとか幽霊とか因縁話とかがそのとおりにあるのだということになり、世界は混乱があるが、なにか超越的な力とか意思とか、人間に認識・理解が不可能なものに満ちていて、人間はそれに唯々諾々と従うしかないということになる。
 ところが、ブラウン神父がいうには、神学を学び信仰を持つものはそのような現象を単純に神や超越的な存在に由来すると考えてはならない。神とか超越的な存在はそんなに安っぽいものではない。もっと人生と自我に対する省察の深いところでないと神は現れないというわけだ。だから、人々が奇跡だ、呪いだ、幽霊だと騒ぐときには、人間のドクサや偏見が最大限に働いているとみなさなければならない。なので、神父は観察する。それはものを見ることであり、人の行動を見ることであり、人の話の裏を取ることである。そんな簡単で普段であればだれもがやれることを、殺人、暴行、恐喝などの現場ではできなくなる。パニックもまたドクサや偏見を助長するわけだな。まあ、神父の方法は以上の教養の方法でもって、事態を観察するわけで、むしろ奇跡や呪いや幽霊の存在の根拠を疑うことになるわけだ。最後の短編のように、虚弱な老人は崖を24時間かけて上る体力を持っているか、という簡単な問いで神父は謎を解く。警察官とその他の人は、幽霊とその復活に惑わされて、不自然さに気づかない。ここらへんを徹底しているところがチェスタトンのユニークさ。坊主が探偵であるということだけがユニークなわけではない。