odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

アガサ・クリスティ「晩餐会の13人」(創元推理文庫)「エッジウェア卿の死」とも

 創元推理文庫では「晩餐会の13人」で、ハヤカワ文庫では「エッジウェア卿の死」、新潮文庫では「エッジウェア卿殺人事件」。イギリス版とアメリカ版でタイトルが異なっていて(クリスティにはよくある)、翻訳者の判断でこのようになったらしい。書誌情報が解説に載っているので、この辺りの事情はわかる。ネットではそこまで書いていないことがあるので、注意しないとダブリ買いをしそう。

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 ロンドン郊外に住む中年男性エッジウェア卿が刺殺されているのが見つかった。この傲岸不遜でおそれ知らずの貴族は人に嫌われ気味。ただ、莫大な資産を持っているので、意見をいえる人は少ない。そのせいかエッジウェア卿の周囲には、殺人の動機を持っていそうな人がたくさんいる。たとえば、アメリカ人女優で妻になっているジェーン・ウィルキンスンはかねてからマートン卿に色目を使っていて、どうにかエッジウェア卿と離婚したく、弁護士やポアロに仲介を頼んでいたが、エッジウェア卿はずっと拒んでいた。あるいは、甥のロナルド・マーシュは放埓な生活のせいで借金まみれになっていて、何度もエッジウェア卿に無心していたが断られ、首が回らない。この男はエッジウェア卿の死によって遺産を相続したので、一息つくどころかさらに肩で風切ろうとしている。もしくは先妻の娘ジェラルディン・マーシュも父親を憎んでいる。この人たちは社交の人気者であって、彼らにすり寄り悪巧みをそそのかしているとも思えない友人たちがいる。
 奇妙なのは、殺人の直前にポアロがエッジウェア卿に会ったとき、離婚を認める返事をジェーンに出していること。殺人の当夜、エッジウェア卿の家でジェーンが目撃されているのであるが、離れた場所のパーティに参加していたのだ(パーティの様子は描写されないので、だれがジェーンを目撃したとかの情報は書かれない。ただ参加者が全部で不吉な13人だったので、タイトルが付けられた)。そのうえ、ジェーンは物まねを得意とするカーロッタ・アダムズに「自分の真似をして人をだましてみない」と金を払って、ジョークを楽しもうとしていた。そのカーロッタ・アダムズは、エッジウェア卿の死の前に殺されていたのが、のちに見つかる。
 ポアロはエッジウェア卿の関係者と会い、話を聞き、考える。なにしろ貴族に人気俳優が相手とあって、スコットランドヤードの敏腕警部でもいつものやり方で情報を取れない。彼らと対等に話ができる(あるいはアッパークラスの人たちが仲間と認める)人でないと、事件に肉薄できない。アッパークラスは同情とチャリティと正義を重視するジェントルの持ち主ではあるが、それは同じクラスの人に対して。ロウアークラスの指示や命令を無視する。その点では、優れた経歴と実績をもち、かつ外国人であるポアロのいうことにはいやいやながらも耳を貸す。この種の事件には、スペードもマーロウもアーチャーも手出しできないだろう。戦後に貴族階級が没落してから、ようやくロウアークラスの私立探偵も踏み込めるようになるのだが、それはまだ先の話。


 ポアロはもうひとつ、「アメリカ」にも出会うことになる。この歴史のない国の人々は、金と名声を身に着けてヨーロッパに入ってくる。アメリカの粗野とか野蛮とか無知に、ヨーロッパのジェントルはいらだっている。でもアメリカの天真爛漫さを前にすると、萎縮する。この事件の背後には、文化の衝突があり、老いたヨーロッパと若いアメリカの相克がある。
 ポアロ(とその背後のクリスティ)の仕事は、老いたヨーロッパを保護することにある。ヨーロッパは経済でも政治でも19世紀でのような存在感を示すことができなくなり、老いて疲弊してしまった。それを自覚するがゆえに、粗野で若く情熱的な新しい風潮に対しては抗さなければならない。そしてヨーロッパのジェントルを普遍的な正義や道徳として維持継承しなければならなき。1933年に書かれた本書は、そのような思想闘争の記録でもある。老いたヨーロッパの威厳はポアロの活躍で取り返される。でも、アメリカほかの生命的で野蛮なものが消えたわけではない。いずれヨーロッパは打倒されるだろう。そういう不安の予感が底に流れている。
 以上は、似たような保守思想家のチェスタトンとはちょっと異なる立ち位置。チェスタトンは「ブラウン神父の不信」でこのようなアメリカに驚くと同時に、その背後にある民主主義や資本主義をちゃんとみていたのだが、クリスティの批判や不満はそこまでには至らない。