odd_hatchの読書ノート

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アガサ・クリスティ「ミス・マープル最初の事件」(創元推理文庫)「牧師館の殺人」とも

 原題「The Murder at the Vicarage」1930年はハヤカワ文庫で「牧師館の殺人」、新潮文庫で「牧師館殺人事件」、創元推理文庫で「ミス・マープル最初の事件」。ミス・マープルの長編初登場は本作だが、そのまえに「ミス・マープルと13の謎」に収録された短編に登場している。
 セント・メアリー・ミード村(ここを舞台にした長編は複数あり、同じ人物が繰り返し登場しているらしい。本作に村の地図があり、これをもとに他の長編の記述を加えた地図がどこかで作成されている)の嫌われ者ブロズザー大佐。ある日、牧師に電話をかけて訪問したいといってきた。あいにく牧師は別の用事で外出している。帰宅すると、だれもいない牧師館で大佐が射殺されているのを見つけた。現場から見て自殺とは考えられず、他殺の線で捜査を開始。すると、近くに住む青年画家ロレンスが自首してきた。彼は大佐の後妻をモデルに絵を制作していたが、村では艶聞のうわさがあったのだった。しかし、事件の様子を見ると、彼は犯人ではない。そのうえ、大佐の後妻も自首してきて、たわごとを言い立てたので、二人とも嫌疑不十分で釈放された。再度、事件を調べると、大佐の残した手紙は別人が書いたものだとか、事件と同時刻に発砲音を聞いたものが現れたとか、ピクリン酸がなくなっているとか、くしゃみの声を聞いたものもいるとか、なんともわけがわからない。小さな村なので、村人は遠慮なく他人の様子を監視しているうえ、職務上牧師館には鍵をかけていないので誰も出入り自由である。さらに、大佐の前妻の娘もロレンスと付き合っているらしいとか、牧師の若い妻も同様らしいとか、考古学者と称するストーン博士は大佐の所有物を盗んでいるらしいとか、その秘書が片棒を担いでいるらしいとか、牧師館では募金がなくなる事件があったとか、牧師のメイドの恋人は大佐にひどく叱られて復讐したいといっているとか、噂話がたくさんあって、老婦人たちは小道で、家でおしゃべりしていて、小さな村は大騒ぎ。
 これらの情報は小出しに出されるので、メモが必要。記述は牧師レナード・クレメントによる一人称の手記。お堅い人物による杓子定規なものの見方で、村の人々との会話が延々と続くのにはへこたれる。中坊の時の初読の印象がまるで残っていないのもしかたない。そのうえ、先に読んだ(本作より後に書かれた)「エンド・ハウス(邪悪の家)」「エッジウェア卿(晩餐会の13人)」とおなじく、村の有名人が殺されて村人が右往左往し噂話に講じるというのを続けて読むのも苦しい。クリスティはこの後「オリエント急行」「ABC」で化けるのだが、本作ではまだそこまでの描写と会話の力をつけていなかった。
 でも解決は見事。犯人当てでいうとよくある趣向(でも有名作よりわずかに先)。そのことより、作品中にちりばめられたさまざまなな手がかりおよび手掛かりと思わないようなものが事件の構図に当てはめる技は見事。事件に関係なさそうな人物(とくに老婦人やメイド)のどうでもよい話が重要なヒントになっている解決編を読むのは快感。そのうえ、不審な動きをしている人たちにも、合理的な理由による行動であることがわかる。
 最後の30ページ(今回は新潮文庫版で再読)は姿勢を直して読んだけど、そのまえの冗長さにはへこたれたので、印象はよくない。嫌われ者ブロズザー大佐がいかに嫌な奴だったか書かれていないので、事件の重要さが身にしまないのだ。戦前の中産階級のマナーが人の悪口を言わせず、感情を爆発させないので、被害者の過去への興味が薄れる(なので、「オリエント急行」は被害者の邪悪さを前面に出したのが成功したのだ)。
 本書は牧師のレナード・クレメントの手記。「アクロイド殺し」もそうだったが(トリックは違うよ)、女性作家が男性のジェンダーにたって手記を書く。ポワロ物は当然すべてそうで、ミス・マープル物でもトミーとタペンスものでも、書き手のジェンダーは作家のリアルなジェンダーとは異なる。当たり前のように思えるが、21世紀の目で見ると奇妙。これが逆に男性が女性のジェンダーで書くことはある程度の「事件」になる。クイーン「Zの悲劇」のように。でもその逆は、クリスティでもウィリアムソ夫人(「灰色の女」)、バロネス・オルツィ(「隅の老人」)でも当然のように(とくに男性は)受け入れてきた。日本では言文一致文は男のものなので、女性が言文一致文で書くことは男性のジェンダーを内面化することだとだれかがどこかでいっていたが、イギリスでも同じ事態なのだろうか。
 今でも『作者が女性』 『主人公が女性』 『読者が女性』という小説は「3F小説」とジャンル分けされるように、女性を主張することには社会の、特に男の抵抗がある。俺もそれを克服できていない。