odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

エルンスト・F・シューマッハー「スモール イズ  ビューティフル」(講談社学術文庫)

 10年前の初読では経済学にしては分析が甘いし、哲学にしては考えが粗雑で保守的だし、どこがベストセラーになったのか不思議に思ったものだ。今回の再読では、ある程度理由が分かった。
 シューマッハは1911年ドイツのボン生まれ。経済学を学び、のちにケインズの薫陶を受ける。おりからのナチス台頭でイギリスやアメリカに亡命することになり、戦後の経済復興計画に参画する。さまざまなプロジェクトに参加して、講演活動を行う。本書は1973年に出た。

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 なるほどテーマは開発経済学と国家による経済統制の批判。そこに資本主義と唯物主義の批判が加わる。
 シューマッハの言い分はこうだ。20世紀の工業化、都市化、科学技術の発展は唯物主義を蔓延させ、貪欲と嫉妬心を持たせることで労働の価値をなくし、人間の生活や人生を空虚、虚無、絶望、孤独に落とし込んだ。信仰や良心を失ったので、道徳的倫理的でなくなり、そこに現代の危機がある(シューマッハのあげる人間を堕落させた思想は、唯物論、進化論、社会進化論マルクス主義フロイト相対主義実証主義である。経歴からは想像つかないほどに保守的な考え)。
 ここの議論はいかにもドイツ観念論の系譜にあるもので、ハイデガーの影響をみてしまいたくなる。ことに技術に対する否定的な見方において。人間の在り方において重要なのは、観念、精神、価値、形而上学などであり、全人的な人格を獲得することが人生の豊かさになるのだという考え。ドイツの教養主義の系譜にあって、ほとんどその最後に位置づけられる本なのではないかしら。
 資本主義や唯物主義のよくないのは、自然と人間を断絶したことで、土地との関係がきれたために人間性を喪失し自然から疎外されているという。さらに、エネルギーの浪費と資源の枯渇が明らかになり、豊かな国と同じ消費活動をすると地球環境は破壊される。そのうえ国有企業の巨大化は非効率であり、生産性を停滞させている。その説明の途中で「スモール・イズ・ビューティフル」の言葉が出てくるが、多少はロハスやエコ生活、少ない消費、清貧の思想も出てくるが、主題ではない。タイトルが独り歩きしたので、本書の内容を正しく示したものではなくなった。
 なので、社会と経済の仕組みを変えなければならない。とりわけ、巨大科学や巨大プラントに代表されるようなスケールメリットを出す消費型経済を止めなければならない。あわせて組織は小型化・分散化・分権化して素人にも管理できるものにするべき。同時に第三世界の貧困と停滞を止めるために、彼らの水準にあわせた中間技術や適正技術に基づいた地元の人々の主導による開発を行わなければならない。
 以上の国家の経済介入と開発経済学に対する批判はたぶん最初期のもの。ここでは整理されていないし、実際の第三世界への開発や援助がどうなっているかの検証はないので、もう少し時間がたってからの批判書で補完しよう。
ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上」(日経ビジネス文庫)-1 
ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 上」(日経ビジネス文庫)-2
ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-1
ヤーギン/スタニスロー「市場対国家 下」(日経ビジネス文庫)-2
ティム・ハーフォード「まっとうな経済学」(ランダムハウス講談社)-2
(中間技術にしろ小規模な経営形態にしろアイデアレベル。21世紀になっても貧しい国の貧しい人に届くのは、地元や土着から生まれた技術や製品でなく、豊かな国で作ったのものだ。資本と商品と金が国境を越えて自由に行き来するグローバル化において、中間技術の製品や土着の小規模資本が持続可能かというと心もとない。)

 という具合に、経済学にしては内容が薄く、哲学にしては粗雑なのであった。ただ、豊かな国の資源枯渇の恐怖と公害、貧しい国の貧困と格差(とでたらめな政治)を知って、不安を持っている人々の気分と行くべき方向を示したということで時代の書になった(1973年初出)。バックミンスト・フラー「「宇宙船「地球」号」1969年と同じような警世の書。でも、50年たつと、史的価値しか見いだせないなあ。

  

 章立て。
1 現代世界(生産の問題/平和と永続性/経済学の役割/仏教経済学/規模の問題)
2 資源(教育――最大の資源/正しい土地利用/工業資源/原子力――救いか呪いか/人間の顔をもった技術)
3 第三世界(開発/中間技術の開発を必要とする社会・経済問題/200万の農村/インドの失業問題) 
4 組織と所有権(未来予言の機械?/大規模組織の理論/社会主義/所有権/新しい所有の形態)

 

<参考エントリー>
2011/12/16 バックミンスト・フラー「宇宙船「地球」号」(ダイヤモンド社)
2019/2/4 バックミンスト・フラー「宇宙船「地球」号」(ダイヤモンド社)-2 1969年

 

<追記> 著者の主張をまとめたメモがあった(2008/04/02記)

 著者の主張をあげると、
・貧困にある人には、キャッシュや物資の援助をするのではなく、労働や雇用を増やすようにするべき。キャッシュや物資を施すのでは、貧困者が自立する可能性を奪い、彼らはいつまでも支援に頼るようになる。
・だから発展途上国には、先進国のモデル(生産や流通、金融、政治体制など)を持ち込んでも成功することはない。
・まずは教育。
・小中資本による起業を推進。現地の人たちが使用できる中間技術を使用すべき。
・再生産不可能な自然財(とくにエネルギー源)の使用を適正に。この種の化石エネルギー源にかわる再生産可能なエネルギー源の開発を推進するべき。
・極端な金持ちになるな。
・資本はこれまでは「私人」か「国家」が所有するものだといわれてきたが、こういう極端な二分法以外の所有の形式があるのではないか。例としては、労働者=株主の組合形式。地方自治体が半分の株を持つことにする公私共有(このとき法人税はなくなる。株式保有割合に応じて利益を配分し、半分持っている地方自治体に法人税の代わりの配当ないし利益処分がはいることになる)など。
【「市場対国家」を読むと、イギリスにはそういう形態の株式会社があったという。1929年の世界恐慌のあと、いろいろな国でいろいろな形態の実験が行われた。しかしほとんどが挫折している。】
・国家、資本、経済のありかたについて、これまでは「自由」と「統制」の二分法で考えてきた。たとえば、ソ連共産主義はすべて「統制」、ナチスは資本は自由でその他は「統制」。対抗する民主国家はすべて「自由」。このような二項対立は正しい問題の立て方ではない。その中間のあり方を検討していくべき。たとえば上の項目の資本の所有のやり方など。