odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

土井敏邦「アメリカのユダヤ人」(岩波新書) 遅れて移住したユダヤ人は自助コミュニティを作ったが、考え方や生き方は多種多様。

 上田和夫ユダヤ人」(講談社現代新書)は、紀元前からのユダヤ人の歴史を追い、20世紀初頭までを記述した。本書はそのあとの1980年代のアメリカに住むユダヤ人をテーマにする。もとよりアメリカのユダヤ人も先住していたわけではなく、むしろ遅れて移住した。大きなきっかけはロシア革命ナチスによる反ユダヤ主義。1980年代にはソ連を逃れたユダヤ人が移住した(ゴルバチョフグラスノスチで出国制限が緩和されたのだ。ソ連崩壊後はさらに移住者は増えただろう。本書は1991年初出なので、崩壊後のできごとは書かれていない)。反ユダヤ主義から逃れたからといいながらアメリカに反ユダヤ主義がなかったわけではなく、本書によると1940-50年代まではユダヤ人は大学の入学制限があったり、企業の管理職から排斥されたりしていた。多くのユダヤ人は商業のほか、不動産業、金融業、マスメディアなどの職種についた。おもには宗教的な理由からであろうが、ユダヤ人は集住した。シナゴーグに集い、貧困状態にある人を援助する自助(self help)コミュニティを作った(21世紀日本の「自助」とは意味が異なることに注意)。さまざまな理由ででていってもユダヤ人コミュニティとの縁を切らないで、ネットワークを作っていった。ときには政治的組織を作り、政治家支援(あるいは落選運動)の活動を熱心に行う。ユダヤ人が政治的なのは、投票率が高く、政治参加を熱心に行い、政治献金をするところにあり、ときには大統領選でもユダヤ人が誰を支援するかを共和党民主党いずれも強い関心を持つ。
<参考エントリー>
上田和夫ユダヤ人」(講談社現代新書
2020/03/03 大澤武男「ヒトラーとユダヤ人」(講談社現代新書) 1995年
2020/06/22 三浦靱郎「ユダヤ笑話集」(現代教養文庫) 1975年
2021/10/04 ハリイ・ケメルマン「金曜日ラビは寝坊した」(ハヤカワ文庫) 1964年
2021/10/01 ジェイムズ・ヤッフェ「ママは何でも知っている」(ハヤカワ文庫) 1968年

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 アメリカのユダヤ人はイスラエルに関心を持つ。それはホロコーストを経験したことが理由であり、すなわち反ユダヤ主義の政策ができたとき、国家はユダヤ人を庇護しない。そのとき、イスラエルユダヤ人の避難所であり、反ユダヤ主義の防衛者であると考えられているから。
 とはいえ、アメリカのユダヤ人が一枚岩の結束を持っているわけではない。1991年当時でアメリカのユダヤ人は全人口の2~3%に過ぎない。ルーツの違いは言葉の違いになってコミュニケーションに支障になり、そのうえ古い移住者には孫以降の世代が生まれている。その結果、イスラエルに対する態度をみても、親イスラエルがいれば、少数の親パレスチナもいるし、共存を模索するものもいれば、同化するものもいる(ユダヤ教は厳格な戒律をもつが、すべてのユダヤ人がそうではない)。全人口の2~3%とはいえ数百万人が各地に分散しているのであれば、彼等の意見が分散し、ナショナルアイデンティティが統一されているわけではないのも当然。そこは、他のエスニックマイノリティとおなじなのだ。そのうえアメリカには中南米やアジアからの移民が増え、彼らの出生率が高いとなると、ユダヤ人の影響力も相対的に低下するだろう。
 本書でうなってしまうのは、イスラエル軍兵士がパレスチナ人に人権侵害や暴力、残虐行為を行っていることがアメリカのユダヤ人には十分に伝わっておらず、その事実を激しく否定すること。差別やハラスメントを指摘された人と同じような反応を示す。

 

<参考エントリー>
2019/4/26 福岡安則「在日韓国・朝鮮人」(中公新書) 1993年
2019/04/25 朴一「「在日コリアン」ってなんでんねん?」(講談社α新書) 2005年
2020/03/05 徐京植(ソ・キョンシク)「在日朝鮮人ってどんなひと? (中学生の質問箱)」(平凡社) 2012年