odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

上杉忍「アメリカ黒人の歴史」(中公新書) 黒人奴隷制に支えられた白人の国アメリカはいかにして世界システムの覇権を取ったか。

 20世紀後半に書かれた「アメリカ黒人の歴史」を先に読んだ。感想は以下。
2022/03/22 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-1 1990年
2022/03/19 本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)-2 1990年
 本書は2013年に書かれた。21世紀になって、アフリカやカリブ海域からのアフリカ系移民が来るようになり、旧来のアフリカ系アメリカ人とは異なるアイデンティティを持っている。「黒人」といっても外観からアイデンティティまで多様である。
 以下のサマリーでは歴史は書かない。上の感想を参照のこと。

第1章 黒人奴隷制共和国アメリカ―1502‐1860年 ・・・ アメリカの独立にあたった人たちには奴隷制を擁護する者がいた。合衆国憲法奴隷制と奴隷所有階級の支配権を保障するものだった。アレントが「革命について」で賞賛した共和主義は奴隷制を前提にした政治の仕組みだったことに注意しよう。独立後の奴隷制は苛烈であったが、経営上恩情的になることもある(今日の人権からするとそれでもNG)。自由黒人が生まれ富を持つものもいたが多くは貧困。アイルランド移民が急増し、北部・東部で最底辺の職業になったが、そこで黒人を嫌悪し排斥することも起こる。産業の近代化で奴隷制が効率的でなくなり、奴隷廃止運動が行われる。

第2章 南北戦争から「どん底」の時代へ―1861‐1929年 ・・・ 南北戦争によって奴隷制が廃止されたが、小作制で収奪・搾取がひどくなる。人種隔離、黒人参政権剥奪が法制度化される。人種差別のもっとも悪質な状態がこの70-80年間。この時代は「革新主義」の時代だが、黒人差別を前提にしていて、政治的にも黒人は排除された。黒人による抵抗運動や同化運動などもあった。
「革新主義」の概要は以下の感想で。
https://odd-hatch.hatenablog.jp/entry/2020/10/12/090109

第3章 大恐慌・第二次大戦期の黒人―1930‐1945年 ・・・ 大恐慌ののちのニューディール政策は黒人を排除していた。労働力不足の解消と戦争動員のために国人の協力を求めたが、各所での人種差別やリンチはそれを阻む。黒人公民権運動に民主党共産党が加わる1。黒人票が欲しい政党も黒人の関心を呼ぶスローガンを掲げるようになる。人種差別撤廃のルーズヴェルト大統領令が出て、軍隊での人種隔離が解消される。市内での人種差別を原因とする暴動は頻発していた。
(当時の公民権運動の参加者やその子供らが50年代以降の公民権運動の指導者になった。

第4章 冷戦下の公民権運動―1946‐1965年 ・・・ エポックメイキングなできごとが多数あった。ポイントは、黒人主体の運動だが白人の参加が増えたことと、白人優越主義(というかレイシストだよね)による暴力事件が多発したこと、リベラルな政治家が人種差別撤廃の主張を行ったこと。
(上掲、本田創造「アメリカ黒人の歴史 新版」(岩波新書)の記述はこのあたりまで。)

第5章 脱人種「白人保守革命」の時代―1966‐1992年 ・・・ 公民権運動は法制化を達成したが、実施にあたっては強い抵抗を受けた。各種のアファーマティブアクションに対して白人からのバックラッシュがあった。また60年代後半から10年間ほどの急進的黒人運動は白人大衆の離反を招いた。ニクソン-カーター-レーガン新自由主義政策をとり、社会保障制度の予算を削減し続けた。労働力不足を補うために移民を奨励したが、ニューカマーのマイノリティと黒人の間で対立が生じるようになった。

第6章 「分極化」と「多様化」の時代―1993年以降 ・・・ 南部プランテーションの機械化は黒人の労働市場をなくし、多くの黒人は都市に流入した。数世代を経て中産階級になるものと貧困層にとどまるものに分極化している。貧困層は都市の劣悪な環境(インナーシティ)に閉じ込められ、失業・貧困・家庭崩壊・麻薬・犯罪組織などの問題を抱えている。インナーシティは社会の危険を増加しているが、国家予算の削減と集票に結びつかない問題なので、政治家や自治体が取り上げないので放置されている。とくに麻薬による大量長期収監は深刻な問題になっている。新たなアフリカ系移民がはいっているが、古くからいる黒人とは別のコミュニティを持ちたがり、黒人社会も多様化している。しかし白人からはいっしょくたにされ、ヘイトクライムやレイシャル・プロファイリングの対象にされている。

 

 こうしてアメリカ黒人からみたアメリカの歴史をみると、人種差別の問題は加害者である白人の問題であることがわかる。被害者の黒人がさまざまな抗議や抵抗を行っても、白人が変わらない限り差別の問題は解消しない。それは、日本の「在日」問題がつねに日本人の問題であることと同じ。
 またアーレントアメリカの共和制、市民の政治参加意識、憲法作成への参加などを賞賛する。それはよいものであっても奴隷制や人種差別を肯定した状況で行われたことを意識していないといけない。アテネの民主制も奴隷制の上に立った社会で行われたのであるのを思うと、民主制も共和制もとても危ういところにたっている。ドスト氏が「カラマーゾフの兄弟」でこういう。

「さあ、答えてみろ。いいか、かりにおまえが、自分の手で人間の運命という建物を建てるとする。最終的に人々を幸せにし、ついには平和と平安を与えるのが目的だ。ところがそのためには、まだほんのちっぽけな子を何がなんでも、そう、あの、小さなこぶしで自分の胸を叩いていた女の子でもいい、その子を苦しめなければならない。そして、その子の無償の涙のうえにこの建物の礎を築くことになるとする。で、おまえはそうした条件のもとで、その建物の建築家になることに同意するのか、言ってみろ、うそはつくな!(カラマーゾフの兄弟 2」光文社古典文庫P248」

 アメリカは(ヨーロッパも日本も、中国もロシアも(以下多数)、「もし幸福が他人の不幸の上にきずかれるならば、それがなんの幸福であり得ようぞ?(ドストエフスキープーシキン論」)」に対して、他人の不幸の上に最大多数の幸福を築いてきたのだった。この問題を「文学」の中にとどめてしまうのは間違っているので、引用はここまで。ドスト氏の問いかけに「NO」と答えるには、黒人の歴史と在日の歴史(そのた被差別マイノリティの歴史)を知り、具体的な活動に参加することが必要だ。

 

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