odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」(新潮文庫)

 このホラーの古典がつくられた事情は有名なので省略。なんにせよ、この傑作が若干19歳の女性によって1816年に作られたとは信じがたい気がする。書こうと言い出した男連中は途中で筆を投げたのに、誘われた女性一人が完成したというのは痛快なできごと。

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 家にあるアグリッパ、パラケルススアルベルトゥス・マグヌスなどの錬金術師の書物を読み漁った青年ヴィクター・フランケンシュタインは、都会の大学で笑いものにされたのちひきこもり、生命の起源を探るべく、死体の観察にいそしむ。数年研究室に閉じこもり、ガルヴァーニの電流実験に触発されたらしい方法で人工生命を創造する。しかし、できたのは、その体には生命らしいはつらつさがなく、恐ろしい風貌と巨大な身体をもっていた「怪物」であった。出来上がりを見たとき青年は叫び声をあげて昏倒。怪物は逃亡してしまう。そして青年の周辺には奇怪な殺人事件が連続して起こる。腹違いの弟が絞殺される。発見したベビーシッターが犯人と目され死刑に処せられるが、青年は「怪物」の仕業であることを知りながら弁護しない。以来、青年はすっかりふさぎ込み、閉じこもるだけ。気落ちした父の勧めにしたがって、フィアンセのエリザベスと婚約するが、その前に1年間ロンドンに行かせてくれという。スコットランドで幽囚の生活に入ったが、同行の友人もまた絞殺され、湖に流されていた。この事件の犯人とみなされたが、アリバイが証明されて放免。帰郷してエリザベスと結婚式を挙げたが、その夜、新妻も絞殺された。憔悴した父もすぐにあとを追う。墓所に復讐を誓った青年は、家を捨て、ヨーロッパ中を放浪する。ついに、北の海で倒れ、北極冒険旅行の一行に救われる。
 主要な語り手であるヴィクター・フランケンシュタインにフォーカスした物語は以上のようになる。フランケンシュタインは、自分の創造した「怪物」からつねに逃げようとしている。一度接触して怪物から女をつくれと言われて従ったのだが、ほぼ成功するかまで来たとき、怪物の言いなりにはならないと決意する。そして新妻と父、すなわち家族がいなくなったときに、復讐の鬼と化すのであった。冒頭のヴィクターの勉学と実験は教養小説、怪物創造後の後悔と不安と恐怖は心理小説、フランケンシュタイン家の生活はうららかな家庭小説、療養のためのスイスやイングランドからスコットランドの転地は情景描写の美しい旅行小説。
 怪物にフォーカスすると、誕生直後から放浪のすえの最初の殺人事件までは教養小説にして(意識がまずあってそれから感覚が働くという心身二元論の世界だ)、迫害と差別の物語。後半になってからの追う者と追われる者が逆転する冒険サスペンス小説。全体としては不可解な連続殺人とフランケンシュタインの苦悩を描く恐怖小説。これほど沢山の物語が詰まっている。そのうえ、全体は枠構造になっていて。プロローグとエピローグが北極探検家の手紙、その枠の中に救出したフランケンシュタインの告白があり、途中「怪物」の独白が挿入される。探検家の常識的な世界が、語り手が変わるごとに幻想の度がまし、ついには怪物の殺人という異常な世界に落ち込む。そこから逆の順に世界が変わって、常識的な読者の物理現実に近い世界に戻る。この構成と語りの文体が緊密に結びついている。これが、くどいけど19歳の女性によって書かれたというのは信じられない。すばらしい傑作。
 さて、発表から200年もたち、名声はさらに増していて、専門家の研究が盛んにでている。新潮文庫の他に角川文庫と創元推理文庫で別訳がでているが、そこの解説は充実している(らしい)ので、最新の研究成果はそちらを参照していいただきたい(自分はいずれも未読)。
 こういうのもあるのですね(自分は未読)。


 それらは一切読まずに、気付いたことをいくつか。
・18世紀末から19世紀初頭は化学と博物学の時代。ラボアジェの分子説が生まれ、ガルヴァーニの電流実験(文中にはでてこないメスメルの動物磁気説)など初期の生理学実験も開始。またリンネの自然分類も確立。初期の進化論もいくつか提唱済。一方で、ゲーテが熱中したような生物哲学もあった。そういう自然科学と生物哲学が未分離の時代。その背景があるから、フランケンシュタインの人工生命の創造も当時の科学の範疇では合理的、論理的な考えであった(実際に作ろうとした人が多数いたと思う。全部失敗しただろうが)。とはいえ、作中では錬金術は明確に否定されていた(のは知らなかった)。
フランケンシュタインの問題は「科学の暴走」ととらえられるかもしれないが、実際は「(孤立した)科学者の暴走」。この青年の指導教授はフランケンシュタインのアイデアに感心はしても、その実行には同意しなかった。彼らの指導の下であれば、「怪物」の誕生はなかっただろう。科学の方法のひとつは、科学者集団内の情報共有と相互批判であるが、青年は意図的に無視しているわけ。当時の自然科学はおもに個人で行われ、情報交換は直接会うか手紙のやり取りくらいしかなかったので(雑誌の刊行はもうすこしあとの1850年代、だったと記憶)、秘匿されれば他の人は知りようがない。そこで、青年の暴走は見逃されてしまった。
(この少し後には、国家や企業が科学のパトロンになったので、科学者や研究者の成果やパフォーマンスは科学者集団の外から監視されるようになる。そこで青年のような「科学者(個人)の暴走」は起こりにくくなった。このあと、本作にインスパイアされたフィクションが大量に出たが、そこに現れる怪物や人類破滅兵器などを創造するマッド・サイエンティストは学会他の科学者集団から放逐されたり拒絶したりした孤独な研究者で、彼が何をしているか科学者集団はしることができない。補足すると、現実の科学学会では学科費の滞納だけが除名・除籍の対象。ニセ科学やオカルティックな「研究」は学会で発表できます。ただし評価されない。)
・そういう点では、当時、「科学者の暴走」の責任をとるのは、個人しかいなかったわけだが、この青年は体面を気にして、責任をとることからずっと逃れる。そのうえ最初の殺人で別の人間が犯人とされたときに、真相を知っていながら弁護をしないし、自分の行為に説明責任を果たそうともしない。科学者の責任のみならず市民の責任も放棄しているわけ。ここはとても気にいらないところ。
・創造者自身によって「怪物」とされた存在。彼(と便宜的に呼ぶ)の心底はきわめて健全で社会性をもっていた。独力で言語を覚え文字を読めるようになり、戦略的方法的な思考をするまでに至ったのであり、その自己鍛錬の過程で人間の道徳や真善美の観念を共有するまでにいたる。なにしろ彼の願いは「名誉を重んじ、人のために尽くす理想を掲げ」て「情愛と友情を求めていた」のであるから。盲目の老人にコミュニケーションをとって信頼されたり、溺れかけた男の子を救ったりもしているのである。にもかかわらず、彼は一方的に疎外され差別を受ける。理由は通常人よりも大きな体を持ち、醜悪な外見を持っているから。たったそれだけの理由で、あらゆる人に拒否され、暴行を受け、追い出される。彼は世界に居場所がなく、常に一人。その孤独の深さと憤怒の大きさと出生に対する悲哀の辛さ。この差別はフィクションから大きくはみだして、読者の物理現実の世界に突き刺さる。外見だけで差別される社会はあるし、差別するものはたくさんいる。「怪物」の立場を共有すれば、この小説ではよい人とされている人たちもまた怪物への差別者にほかならない。現代にも通じる重大な告発の書。
H・G・ウェルズ「透明人間」(青空文庫)
(ヴィクターは怪物の妻をつくろうとして放棄し、小舟で沖に出たところ海に流されて、アイルランドに漂着する。そこで青年は殺人犯と誤認されて、数か月留置される。そこにはアイルランドの側の差別感情に由来する迫害を受けた。が、被差別者になっても自分の差別加害を認識できなかった。ここは19世紀初頭という時代の制約。現代の読者は乗り越えないといけないなあ。)
 200年前に書かれているので、原文は公開されている。
https://www.planetebook.com/ebooks/Frankenstein.pdf

 

  昭和よりも翻訳が増えて選択するのが楽しい。

      

 

 

 映画はやはりボリス・カーロフ主演の戦前盤。

  

 

 錬金術関係
アンドルー・トマス「太古史の謎」(角川文庫)
渋澤龍彦「黒魔術の手帖」(河出文庫)
村上陽一郎「科学史の逆遠近法」(講談社学術文庫)

 パロディ・パスティーシュ
伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」(河出文庫)-1
伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」(河出文庫)-2