odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

福永武彦「加田伶太郎全集」(新潮文庫)

 純文学作家が探偵小説を書いた、というときには、昭和40年代までなら坂口安吾福永武彦の二人が挙げられた。もう少し時期をずらすと、筒井康隆奥泉光を加えられるのかしら。詳しくないからここまでにしておこう。

完全犯罪1956.03 ・・・ インド洋航行中の貨物船で船長以下3名が船医の中学生の時の話を聞く。元船乗りの男が作った家は最上階に船室を模した屋根裏部屋があり、人の通り抜けられない丸窓ひとつしかない。男の妻は恋人と別れさせられてつらい思いをしている。男に脅迫状が来たので秘書にボディガードをさせることにし、男は部屋に閉じこもる。家には妻と秘書のほか、リュウマチ持ちのおばあさんと養子の中学生(のちの船医)のみ。深夜10時に焚火が見え、なにかさらさらいう音がした後、男の部屋でなにか倒れる音。みんなで駆け付けると、中から戸締りした部屋で男は縊死していた。さて真相やいかに。著者の探偵小説処女作であるが、昭和30年代とはおもえないほどオールドスタイル。

幽霊事件1956.09 ・・・ 5年前に殺人を犯した男が出所して談判に来るというので、その資産家はおびえている。おびえが高じてバーで酒を飲むことにし、相手は弁護士に依頼することにした。帰宅すると弁護士は頭を割られて死んでいるし、出所した男は逃亡している。さて、この男と弁護士を部屋に案内した女中(死語)は、弁護士の死亡時刻の直後に、弁護士の幽霊をみていた。と、こういう話。まだまだ江戸川乱歩の初期短編みたいだな。ストーリーもトリックも。

温室事件1957.01 ・・・ 伊豆の名家・漆原家では当主の夫が亡くなって以来、使用人がずうずうしく未亡人に命令している。残されたのは英文学部の女子大生とやんちゃ盛りの小学生。使用人は温室の中で刺殺されていた。周囲から丸見えだが、鍵のかかっているという密室状態。助手が小学生の家庭教師をしているという縁で訪れた伊丹古典文学科教授が推理する。間洋太郎「ミステリ百科事典」で紹介された一編。誰が・どうやって・なぜを合理的にまとめ、しかも文学的な余韻を残す傑作。

失踪事件1957.04 ・・・ 無銭旅行の好きな大学生が伊豆にでかけて3週間も帰らない。どうしたことか、と相談にきた兄の話から伊丹探偵は、犯罪計画が隠されていることを見抜く。なるほど、これは「マリー・ロジェの謎」であり「九マイルは遠すぎる」にあたるわけだ。推理の根拠は弱くて、そこは名探偵=助教授の助手に皮肉を言われている。同時期に「一時間の航海」という短編が書かれていて、これは伊豆を旅行中の大学生が隣に座った女にすかれているのではないかと妄想する話。これは被害にあった大学生に起きたことかもしれない。

電話事件1957.09 ・・・ 男やもめの実業家が中学生の息子と女中の三人暮らし。実業家に中学校長の奥さんから手を引けと脅迫電話がかかる。同じ電話は校長にも、さらに寄付金の不正があると指摘された教頭のところにも。奥さんは中学生に人気があって、一緒にレコードを聞いたりテープを聴いたりしているのだった。ついに35万円を校長の机に入れろという電話がかかり、実業家は金を出すことに決める。奇妙な脅迫犯の正体は? このころラジオその他の家電を自作するのがはやっていたなあ。

眠りの誘惑1958.07 ・・・ 私立文化大学英文科を卒業した女子大生の奇妙なアルバイトの手記。ある資産家の蔵書整理で雇われる。資産家は催眠術に凝っていて、中学生の娘にかけてはあそんでいる。同居の弁護士だかごろつきだかわからないものは催眠術の先生。あとは後妻とばあや、それに女中。ある夜、資産家は中学生の娘に夜中に出歩くように催眠術をかけた。嵐になったその夜、資産家は家の外階段で墜落して死んでいた。これも誰が・どうやって・なぜを合理的に示し、かつ文学的な余韻を残した傑作のひとつ。書き方が新しくなったし、他の作でも書いたように一人称の手記というのは真犯人を合理的・無意識に隠してしまうという一例。

湖畔事件1961.10 ・・・ 知人に北海道の宿を紹介された。そこには新婚夫婦に、中年夫婦に奇妙な独身者がいた。奇妙な独身者は中年夫婦の妻と知り合いらしい。その夜、中年夫婦の男が独身者に殴られ昏倒すると、独身者は姿を消した。部屋には大量の血痕を残している。ホテルが飼っている熊も逃げ出し、あたりは騒然。一方、宿の小学生二人はホームズごっこを楽しんでいる。死体のない殺人事件の謎を伊丹探偵はどう解くか? 伊丹探偵は新婚夫婦に「夫婦はどうあるべきか」の説教をするなど、どうもこの道徳家には共感がだんだんわかなくなってきた。でもストーリーテリングはますますうまくなってくる。

赤い靴1962.06 ・・・ 交通事故を起こして入院中の新進女優が窓から身をなげて自殺した。しかし、残された日記をみると、彼女は姉の幽霊(しかも年をとって現れた)におびえていた。気になった外科医は伊丹先生を呼び出して、事件の刑活を依頼する。病院には女優の元恋人が勤務していて、マネージャーはライバル女優にちょっかいをだし、彼女によく似た若い俳優がスタンドインをやっている。幽霊が年をとって現れるというのがいかにも都筑センセー好みのシチュエーション。そこに映画界と病院という面妖な世界を結びつけたのが、この作品のキモだろうな。のちにたがみよしひさもこういう物語を書いている。とはいえ、病院でこのトリックを仕掛けるのは無理だよな。あくまで動機と趣向の面白さであって、実証主義の検証に耐えるものではない。

素人探偵誕生記 ・・・ 私立大学仏文科の万年(失礼!)助教授がいかに編集者におだてられて探偵小説をかくことになったか。「完全犯罪」を書きあげるまでのエッセー。探偵小説にはミソが必要と、海外ミステリが紹介される。「Yの悲劇」とか「暗い鏡の中に」とか「ワイルダー一家の失踪」とか。タイトルを覚えて、入手しようと必死だったなあ。


 ここに収録されたのが創作のすべて。「深夜の散歩」などのエッセーが書かれているので、ここにない探偵小説の文章も残されている。作者の創作活動を自分が勝手にわけると、1940年代の習作時代、1950年代の短編時代、1960年代の長編時代となる。探偵小説が書かれたのは短編時代にあたる。他の本の感想でも書いたが、この人は短編の起承転結の付け方がうまい。その特長と探偵小説の形式がうまくあっていたのだろう。ともあれ文章がうまいものだから、たしょうだれるところがあっても読ませてしまう。これは専業作家にない長所。たとえトリックやしかけがしょぼかったり、現実性に乏しくても、文学を読んでいるという快楽があるのだ。
 この人の純文学の短編では男の子供や少女が主人公になることが多い。ここに収められた作品でも頻繁に登場し、ときには大人のキャラクターよりも実在感がある(「温室事件」「眠りの誘惑」「湖畔事件」)。彼らの心情が細やかに丹念に描かれている。すでに絶滅した「ヨイコ」ばかりだとはいえ、その感情の揺れ動きや心理の奥にある秘密の存在は魅惑的である。なにしろ彼らの描写を読むだけで懐かしくおもうのだ(などという感想はおいておくことにして、高校生のときの自分は「眠りの誘惑」のあるシーンを妄想してハァハァしたものだったのだよ、と告白しておく)。時に彼らは事件の動機に深くかかわっていて、その真実味にこちらが慄然とすることがあるのだ。そのあたりが旧来の探偵小説ではなく、ミステリーにしているのだろう。
 一方で、大人の女性には妻であることを強く要求する。伊丹名探偵の家が舞台になることがあり、ぐうたらな伊丹先生のつよがりを妻がからかうことがあるのだが、伊丹先生は強くたしなめ、時には叱責する。この種のパターナリズムはあんまり気持ち良くない。という他の本の感想を繰り返すことにする。
 どうでもいいことだが、主人公・伊丹先生は私立大学の助教授で、おっちょこちょいな久木くんは彼の助手。伊丹先生に事件を持ちこむのはおもに大学生。というわけで、学園生活で起こるミステリという、1980年以降に盛んに描かれる一群のミステリの先駆なのでもあった。
 新潮文庫は品切れのようなので、扶桑社文庫を紹介。(扶桑社文庫も絶版のようで創元推理文庫を紹介。2019/12/29)