odd_hatchの読書ノート

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ブラム・ストーカー「吸血鬼ドラキュラ」(創元推理文庫)-1 ホームズと同時期の吸血鬼小説。ジョナサンという軟弱な若者が男になっていく成長物語もある。

 吸血鬼小説の古典にして代表作。もっとも古い吸血鬼小説ではないが、本書に書かれたアイコンやシンボルが吸血鬼のイメージを決定づけた。1897年初出なので、ホームズと同時期(なのでのちのパロディやパスティーシュでときどき共演する)。
 映画が出来たら、すぐに作られた。ムルナウ「ノスフェラトウ」1922年とブラウニング「魔人ドラキュラ」1931年が双璧。いずれもおおよそ原作に忠実。のちのロジャー・コーマンやハマースタジオ制作になると、ずいぶんずれてくる。ウォホール名義「処女の生き血」1974年になると、高貴で冷血な伯爵のイメージはどこへやら。まあ、怪奇映画のファンにはかなわないので、映画の話はここまでにしよう。

 

では、小説を読む。

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ジョナサン・ハーカーの手記 ・・・ イギリスの若い弁理士ルーマニアトランシルヴァニア地方の貴族ドラキュラから依頼を受ける。ブダペストまで汽車で行き(19世紀90年代にはもう大陸横断の汽車網ができていたのだね)、それからは馬車で移動する。途中の村人はジョナサンを引き留め、お守りを強引にみにつけさせる。辺境の荒地で伯爵の迎えの馬車に乗り換え、ドラキュラ城に到着。切り立った崖にそびえる城は古く、暗鬱な気分を漂わせている。出迎えたのは伯爵一人。作業は夜間に行われ(ジョナサンはできたばかりの速記術の使い手。隠れて書いた手記は速記で書いたので伯爵は読めないとされる)、伯爵は昼間には姿を消す。奇妙なことに城の扉は塞がれ、ジョナサンは外にでることができない。ある夜、伯爵のいない時に別の寝室を使うと、三人の若い娘がジョナサンの首筋を狙う。伯爵がとがめ、誘拐してきたばかりの赤子を娘らに与える。
(ドラキュラ伯爵の行動性向の奇妙なところは、肌が白く体温が極端に低い、十字架を嫌う、鏡に姿が映らず鏡を嫌悪する、土を敷いた棺に横たわる、勾配の急な壁を爬虫類のように動き回れる、狼を自在に操れる、など。)
ミナ・マリーの手紙や手記など ・・・ ジョナサンの帰りをまつフィアンセのミナの手記ほか。友人ルーシーの結婚が迫っているが、夢遊病が再発しているのが心配。
 ルーシーに求婚して断られたジョン・セワード医師によるR.M.レンフィールドの記録。虫や小鳥を殺して食い、生命を取り込んでいるとかいう精神病者。ロンドン港にロシアのぼろ船が到着する(ジョナサンの手記でドラキュラ伯爵は大荷物を送ることを相談しているので、読者はそうであると推測)。黒海、地中海経由でやってきた船は船員が次々といなくなり、嵐のなか船長だけが死体で残ったらしい。積み荷は土を入れた大きな箱は複数個。大きな犬が乗っていたらしいが到着後姿が見えなくなる。のちに空き家に持ち込まれた。
 以降の記録者はミナとセワード。ブダペストからジョナサンの消息を伝える手紙が届き、ミナがでかける。ジョナサンは記憶を失い消耗していた。ミナの看護で順調に持ち直す。当地で結婚する。レンフィールドの狂気はさらに募り、何者かに呼ばれているかのような妄想を示す。一方、ルーシーの容態は芳しくない。身体に異常はないのに、衰弱し、血液が不足しているのだ。セワード医師はアムステルダムヴァン・ヘルシング教授に応援を請う。ルーシーの状況を見た教授は家の中にニンニクの花をおき、花輪をルーシーにつける。衰弱がひどいときは輸血(どうも生体から直接流しているらしい)。それでも一向に回復しない。なぜか蝙蝠がやってくる。ルーシーは死の間際に妖艶になっていいなずけを誘惑。ヘルシング教授が押しとどめると、ルーシーは亡くなった(ルーシーの看護をめぐる話はウィリアム・ブラッティ「エクソシスト」(新潮社)そっくり)。葬儀のころにはなぜか生前よりも美しさを増している。
 ヘルシング教授はセワード医師からルーシーの友達のミナを知る。ブダペストから呼び戻し、ジョナサンの手記を読むと状況を把握できた。ここでようやくドラキュラ迎撃クルーがそろったのである。そのころにはロンドンの町では行方不明者が続出し、ときに見つかる死体には首筋に傷がついていた。


 以上のような吸血鬼の到来とその危害によるパニック、少人数の真相を把握しているものたちの逆襲というのが本筋。ここでは、ジョナサンという軟弱な若者が男になっていくというもうひとつの成長物語も読もう。中産階級あたりに生まれたらしいジョナサンは弁理士という知的エリートの仕事に就く。ロンドンであれば敬意をもって扱われだろうが、遠く離れた辺境の地で老練な大人と交渉するにはおさなすぎる。城での無謀で無鉄砲な行動は彼のプライドをずたずたにするほどのショックとなった。なにしろ、伯爵にも三人の娘にも全く歯が立たなかったのだ。そのためにおよそ数か月の療養を余儀なくされ、物語からいったん消える。それがミナとヘルシングの呼びかけによって復活する。まあ、他者の呼びかけによって、彼はアイデンティティを克服したといえるだろう。
 この作劇方法は、著者の少し前の人気作家のやりかただ。すなわちウィルキー・コリンズ。「白衣の女」でも「月長石」でも事件を解決する若者は打ちひしがれ、故郷を離れ、しばらく物語から消えたのちに、復活した。自立した大人になり、誰かを頼ることなく(知恵は借りるが)、問題に積極的にかかわっていく。加えて、コリンズでもストーカーでも、この若者より彼を助ける若い女性の方がしっかりしているというのが面白い。20歳のミナはみかけは淑女ではあるが、精根がしっかりしているという点ではジョナサンよりもはるかに頼れる。

 

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