odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

エドガー・スノー「中国の赤い星 上」(ちくま学芸文庫)

 アメリカ人ジャーナリストのエドガー・スノーが1936年に長征を終えたばかりの中国共産党とコンタクトを取り、廷安他の根拠地に入る。そこに行くまでには、日本軍占領地や国民党支配地などを越えなければならず、本人のみならずガイドやドライバーも危険に身をさらすことになるが、そこは簡単にして。ともあれ4カ月間を紅軍と暮らし、さまざまな人(毛沢東彭徳懐などの重鎮から少年兵士や廃兵までの無名の人物まで)にインタビューした。帰還(にもまた冒険があったが割愛)の後にまとめたものを1937年に発表。その後1939年、1944年、1968年に改訂を加え、この本では1968年版を使用する。また1970年に訪中して毛沢東に二度目のインタビューを行った(この本には収録されていない)。中国建国前後に毛沢東にインタビューした数少ない西側(死語)ジャーナリストになった。また、この本によると毛沢東が自身の口で半生を語ったのは、スノーに対してだけといわれ、ながらくこの本は毛沢東の伝記の貴重な一次資料とされた。
 過去に何度も中国革命の本を読んできたけど、どうにも頭に入らない。時間の長さであったり、登場人物の多さであったり、範囲の広さであったり(ペテルブルグ、パリ、ロンドンなどのある都市の攻防が焦点になる西欧の革命と大違い)。そのうえ、20世紀の中国史では日本による植民地化に戦争が重なり、自分をメタ視点に置くことが難しいのもありそう。母方の親戚には日露戦争経験者がいるとか、叔父には主計兵として大陸に行っていた人がいるとかは、中国の近現代史を客観化するのが難しくて。

 きわめて大雑把にいうと、辛亥革命で共和政国家としての中華民国ができたものの政権基盤は脆弱。なにしろ「大衆」「農民」の政治参加はなくて、各地の軍閥(これも得体のしれない集団)が角突き合わせているのをどうにかまとめるしかなく、孫逸文の死後はばらばらに崩壊。その中では蒋介石の国民党が強い経済と軍事をもっていて、比較的に優位にあった。とはいえ支配地は狭く、満州などは日本軍と組んだ別の軍閥が「建国」してしまうくらい。一方、民衆の抵抗も19世紀末からあったものの長続きしない。日本留学経験者や知識人の中から社会主義労働組合の運動をするものが出てくる。ロシア革命後に、中国共産党ができる。当初はソ連の指示通りに都市労働者の蜂起を目指していたものの、失敗が相次ぐ。農村でソヴェトを組織しているグループがだんだん支持を得るようになり、井岡山に集結した際に、ソ連派が一掃され、農村革命派が主導権を握る。とはいえ、国民党軍は彼らを軍事制圧しようとし、紅軍の数倍の軍隊を送りこんだので、紅軍は長期撤退戦術に出る。それが大長征。大渡河、大雪山、大草原などで多数の死者、脱落者を出すものの、数万のグループが中国北西部に根拠地をつくる。ソ連の援助なし、資産・生産設備・資材なしの自助集団。装備は敵軍の鹵獲品のみ、最先端兵器(無線、飛行機、戦車など)なし。そういう集団が日本軍と国民党軍との二方面の戦闘行為に入る。
 この本からすると、中国大衆、民衆、農民への収奪は過酷極まるもので、収穫の5-7割を物納(翌年の種をどうやって確保するのか)、ときに家畜を出し、さまざまな行為に対する税金が発生し(軍閥が勝手に設定できる)、飢饉の時でも収奪がある。当然教育する余裕はなく、公共インフラに回す金はないので生産性は低いままで、土地を分けられない子どもは都市にでるか奴隷になるしかない。一揆や逃散をしようにもどこまでも地続きであって、逃げ場はない。そのような環境に数百年もおかれているとなると、農民の放棄や抵抗の意識はなかなか芽生えない。
 となると、紅軍の思想はどうあれ、彼らがくることによって地主や高利貸しが逃げ出し、土地の抵当や借金が消え、不在地主の土地は農民の要求にこたえるように配分し、税金をなしにし、初等教育をして読み書きや簡単な計算を教えるとなると、彼らの人気が出ないわけがない。さらに紅軍は農民をソヴェトに組織化。村や集落を基本とする自治組織にして、村-区-県-省への民生システムにする。ソヴェトのなかには様々な委員会ができて、労働の他に委員会の活動を行う。組合活動もできる。
 レジスタンスの現場では民主主義が実現するとどこかで読んだが、同じことがここでも起きている。紅軍のおこなったのは土地の再分配、税改革、教育。そして民主的な組織化。公正を実現しようとしたわけだ(思い起こすと、日本では敗戦後に占領軍の指導で地主の土地が強制的に再分配された。その結果、各地で農民組合や委員会活動ができる。こういう大規模な土地改革が上からの権力で行われたのがアジアのおもしろいところ。ただし実現例は乏しいらしい。中国革命や紅軍へ一時期の共感はこのあたりのあるのかも)。
 ただ注意しないといけないのは、紅軍によるさまざまな公正の実現も、マルクス主義共産主義イデオロギーによるのかどうかは不明。中国には匪賊の歴史もあり、反権力の匪賊はこのような富の再分配や税の改革、新しい貨幣の流通などを行ったのであり、その伝統を見たほうがよいかもしれないから(というのは紅軍や中国共産党の運営には民主主義はなく、公平ではなかったから)。

  


2018/04/09 エドガー・スノー「中国の赤い星 下」(ちくま学芸文庫) 1937年