odd_hatchの読書ノート

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アグネス・スメドレー「偉大なる道 上」(岩波文庫)

 著者の序文やまえがき、解説などを読んでも、スメドレーと朱徳の関係がよくわからない。1937年に長征をおえた紅軍(本書中表記を使用)の本部がある延安を訪れ、朱徳と出会う。朱徳の人柄に魅かれたスメドレーはロングインタビューを試みる。そのあと1943年まで断続的に八路軍、国民党軍を取材する。日本の敗戦の前後にアメリカに戻り、この「偉大なる道」の執筆を行う。世の中はマッカーシズムになり、当初予定されていた出版ができなくなった。友人の石垣綾子がスメドレーを励まし、1950年にスメドレーが亡くなったのち、石垣が雑誌「世界」に紹介したところ、大きな反響があって全訳が1950年代半ばにでた。のちに岩波文庫にはいった。
 その後、スメドレーの生涯の研究が進み、社会運動家である側面と、ソ連の資金援助を受けて活動したことなどが明らかになった。
アグネス・スメドレー - Wikipedia
 辛亥革命ののち(それ以前からでもあるが)、中国の国内情勢は混沌を極め、政府の権力がどこまでで、地方軍閥の権力との優位が分からず、匪賊が闊歩し、しかし農民からの収奪は過酷であった。公共インフラも整備されていないうえに、中国国内には数か国の軍隊が常駐し、見かけの平穏はあっても、いつ衝突するかわからない。そこに都市の労働組合がストを頻発させるという状態が続く。この多数の権力の乱立する社会において、女性一人がみずからの意思でもって、共産党や国民党などと接触し、要人とのインタビューに成功し、現地記事を書き、その正確さと予見性において賞賛されていたとなると、この人の胆力はすさまじいとしかいいようがない(「女一人大地を行く」という自伝もある。木下順二「オットーと呼ばれる日本人@木下順二戯曲選 III(岩波文庫)には彼女を模したと思われる人物が登場)。
 この国では、1930年以降敗戦まで、恒常的な戦闘状態にあったために、多数の日本人が中国に行ったにもかかわらず、中国の国内情勢を紹介する文献は極めて乏しかった。とくに中国共産党の設立から国共合作、長征、国共内戦、対日戦争などのいきさつはほとんど知られない。そこで、昭和20年代にこの本が紹介されたときに、読者がもっとも興味をひかれたのはスメドレーの取材に基づく、共産党の動きだったのではないか。たとえば、紅軍の中には日本兵の捕虜や国内から逃亡して彼らに協力した人物がいたことなど(この本の中では岡野進であるが、もちろん野坂参(三:この本ではなぜか三が欠けている)のこと)。あるいは1937年の南京事件南京大虐殺)の被害者が「20万の市民や捕虜(下巻192ページ)」をされていること。

 とはいえ、今から読み直すと1946-1950年にかけてスメドレーの取材と資料に基づいて書かれた共産党史、ないし国共合作国共内戦の歴史は整理されていないので、混沌としている。そのうえ、紅軍ないし共産党にとって重大な事件が書かれていないことがある。ことに1935年5月の中国共産党中央政治局拡大会議(遵義会議)は毛沢東が党のヘゲモニーを握ったできごとなのであるが、この本ではわずか三行。毛沢東朱徳が演説をして支持されたという記述のみ。1942年には党の整風運動が起きたのであるが、この本では一切の記述がない。
 なので、極めて早い時期に中国共産党の歴史を書いた本であるが、鵜呑みにできるものではない。

  


2018/04/12 アグネス・スメドレー「偉大なる道 下」(岩波文庫) 1953年