odd_hatchの読書ノート

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E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-3

2014/04/18 E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-1
2014/04/21 E・L・ドクトロウ「ダニエル書」(サンリオSF文庫)-2

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ダニエルの不安定さは、小説の書き方に表れている。表向きの話は、博士号を取得した25歳の若者が就職先を探してニューヨークからカリフォルニアまで、家族をつれたりあるいは一人で放浪するだけのこと。その間に、大学、新左翼、ヒッピー、反戦集会など1967年に際立ったアメリカの風俗を一通り見て歩く。ときに議論し、家族とけんかし、新しい知り合いに幻滅し、古い友人に再開する。ただ、この主人公ダニエルのオブセッションは、すぐに自分の過去と1950年代に引き戻される。現在の描写がそれに関連する過去の出来事に移動し、一人称で思い出になる。あるいは三人称で相対化される。知り合いたちの証言や当時の雑誌や新聞記事が引用されて、客観性を装う。現在の自分から見た過去の評価があり、知り合いたちの批判がそれに続き、反論も出てくる。再びダニエルの反論、そして別の連想が働き、過去の別の出来事を思い出し、父や母の考えをおもんばかり……。旧約ダニエル書のネブカドネザル王が悪夢に悩んでその解釈を訪ねたように、ダニエルは自分の過去をさまざまに解釈する。あいにく旧約ダニエル書の主人公のような賢者ではないので、解釈が正しいのかどうかはわからないし、他人の批判によって解釈をさまざまに変えていく。現在と過去を行き来し、それは融合したり、互いの批判者であったりする。
 このような時間軸、人称、話題の混乱は、そのままダニエルの混乱に通じる。彼のアイデンティティの発見と自己回復は容易ではない。最後のページが閉じられても、ダニエルが自分の遍歴で何かの確信に至ったかどうかは不明なまま。平安に至る可能性はたぶんないのだろうなあ。
 アイデンティティの喪失と自己発見/回復は戦後のアメリカ文学の主要なテーマ(と乏しい読書歴から独断で言い切ってしまおう)。ケルアック「路上」とかジョン・バース「旅路の果て」とかサリンジャーライ麦畑でつかまえて」などを思い浮かべればいい。この小説もその系譜に入るもの。この歴史と伝統のない国、ナショナリズム保守主義がデモクラシーと結びついている国で、アイデンティティを喪失したとき、どのような観念でもってアイデンティティを支えるのか。この国だと反国家、反ナショナリズムは民主主義を標榜できて、それを「大義」にするという戦略があるし、あるいは歴史や神話をそのまま受け入れるナショナリズムであることも可能。でも、アメリカではそのような回路がない。そこがあの国の困難なのだろう。
 ほかの小説との違いがあるのは、アメリカの左翼運動へのシンパシーが感じられるところかな。「サマー・オブ・ラブ」の1967年が舞台になっていて、ヒッピーや反戦運動が書かれているのは珍しい(というかそういう小説は単に翻訳されてこなかっただけかもしれないが)。あいにく、アメリ共産党は1950年代にほぼ壊滅(なにしろ最後までスターリン支持だったのでね)、新左翼反戦運動もコミューン活動も1970年代末までにほぼ消滅。テーマと舞台が現在とずいぶんずれてしまって、21世紀に読むのは困難。越智道雄「アメリカ「60年代」への旅」(朝日選書)チャールズ・ライク「緑色革命」(ハヤカワ文庫)と興味を同じくできる人には楽しいかもしれない。いかんせん長い。小さな活字で470ページもある。アーヴィングみたいなストーリーテラーでもないし。*1

<追記 2015/7/24>
「AP通信などによると、米作家のE・L・ドクトロウ氏が(2015年7月)21日、肺がんの合併症のためニューヨークの病院で死去した。84歳。20世紀の主要な作家の一人とされる。」
エラーページ - 産経ニュース

*1:「『旧約聖書』にある「ダニエル書」に2017年に世界や人類の終末・滅亡・破滅が示されている」という「予言」があるという記事がたくさんありますが、このエントリーには無関係です。そのような与太に惑わされないようにしましょう。