odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

入江徳郎「泣虫記者」(春陽文庫)

 作者はジャーナリスト、ニュースキャスターで、1960年代に「天声人語」を書いていたこともある(へえ)。文庫にまとめられたのは1961年だが、1952年から断続的に描かれていたみたい。なるほど、明神礁がでてきたり(1952年のできごと)、戦争孤児の行く末が書かれていたりしたのは、まさに進行中の出来事であるためか。
 都内の新聞社に勤めるものが遭遇する事件を10ページくらいにまとめる。全部で21編。報道という仕事から個人や組織の秘密や過去を探るのであって、探偵小説の手法が有効に使える。ここでも、謎の人物/事件があって、記者や刑事が捜査にあたる。そして秘密や過去が暴露される。ハッピーエンドになることもあれば、バッドエンドにもなったり、ほろりとさせられたり、心苦しく思ったり、とさまざまな感情を促す。とはいえ、ページを閉じて5分もしないうちに忘れてしまうのは、この種の娯楽小説(当時はエンターテイメントという言葉はない)の宿命。
 この小説から想起するのは、昭和30年代の一連のサラリーマン映画であって、森繁久彌加藤大介や植木等などが背広を着て肩ひじ張っていたり、司葉子とか団礼子とか酒井和歌子とかがモダンな洋装で男性サラリーマンを手ごまに取っているシーンをさまざまに思い出せる(俳優はいいかげんな記憶に基づくので誤りがあると思います)。

(伯父が昭和30年代前半に購入したと思われる本が子供のころから家に転がっていた。長年段ボール箱に入れていたので、ぼろぼろになってしまった。)
 それらから見えてくるサラリーマン社会ないし日本の社会にいくつかの特長があって、
・会社の業績ないし手取り給料のアップが最重要問題。
・会社の中には複数のグループがあって、どれに所属するかで出世や栄達が異なる。一度所属したグループから離脱したり一人狼になるのは困難。
・企業や政府組織にはいると、セイフティネットの恩恵を受けることができる。そのかわり、暗黙の相互扶助が必要。なので、所属することで便宜を図られるが、一方で無償の行為をしなければならないこともある。
・このインサイダーグループに含まれない人には、パワハラ、セクハラ、マタハラをしてもかまわない。なにしろ、そのような行為はインサイダーグループの「和」を固めることになるので、ハラスメントの弾劾で「和」をこわすほうが悪になるのだ。社内のいじめとか女性への性的からかいとか、下請けや出入り業者への強制とかは、グループぐるみで行われる。
完全雇用と終身雇用を実現したと称賛される日本型経営なのではあるが、それは女性を差別することで達成したのだ。)
・インサイダーグループに所属しない人や自営業(農林水産業従事者を含む)、母子家庭などは企業からも政府からも援助は受けられない。それはどうしようもないことなので、手を差し伸べることはない。ときに、個人の善意が発揮されることもあるが(孤児を引き取るとか)、たいていは放置。そのうえ、恩恵を受けた弱者は感謝の意を示さなければならない(そういう殊勝な心掛けを見せることが必要)。
 これが高度成長経済時代の「古き良き日本」の姿。事例は「泣虫記者」からとったけど、ほかの小説でもかわることはない。高度成長経済時代にインサイダーグループに所属して所得や資産を増やしていった人には理想的な世界なのだろうね。各種のハラスメントをしても弾劾、糾弾されることはなかったのだし。この時代に戻したい、戻そうと考える人もいるようだが、はてさてそれらの人がこの小説のサラリーマンのような安定し資産を持つグループのインサイダーになれるかどうか疑問を持たないようなのは奇妙なことだ。戦争で、病気で、事故で、犯罪歴で、貧困で、片親家庭でインサイダーに入れない人はこの小説にたくさん登場するのだが、そのような人たちにならない保証はどこにあるのか。
 そうだ。ちなみにこの会社、新聞社では、社員向けの相互扶助のしくみができている。でもそれは、社員の冠婚葬祭、入退院、引っ越しなどがあるごとに祝いや見舞いなどの名目で給与から差し引かれることでもある。その金額はかなりの高額で、社員は給与を受け取るたびにぼやいている。当時は国家の社会保障は不十分だったので、大企業は代行する仕組みを作っていたのだ。さて、これは新自由主義の企業や団体のあるべき姿のひとつではないかな。なので、現在(2015年)の社会保障の負担が気に入らない人はこうしてみてはいかがかね(一時期はやった企業年金とか個人型確定拠出年金(日本版401K)も最近は聞かなくなったけど)。たぶん手取りの1割以上を拠出することになるだろう(もしかしたら現在の社会保障のほうが低額になるかもしれない)。
 この仕組みは戦前の人々が、強制的な無権力状態で作り上げた共同体の仕組みと同じ。大岡昇平「俘虜記」(新潮文庫)で、アメリカ軍の監視のもとで日本兵捕虜が作った権力の仕組みとあまりにもよく似ている。小説のみかけはほのぼのだけど、弱者への冷たい視線に気付くと、どうにもやりきれない。
 あとは、このような「古き良き日本」の精神は、現代に至ってもそれほど変わることではない。昭和20年代に小説に描かれたサラリーマンは、21世紀頭のサラリーマンと驚くほど同じだ。池井戸潤「銀行総務特命」(講談社文庫)2002年とか東野圭吾「マスカレード・ホテル」(集英社文庫)2014年など。仕組みの変化ほど精神が変わったわけではなさそう。