昭和8-9年に連載していた通俗長編2つが収録されている。
黒蜥蜴 1934 ・・・ ダークエンジェルとも呼ばれるその女の二の腕には黒蜥蜴の彫り物がある。男たちの前で全裸になって、ダンスを始めると、彫り物の蜥蜴は生きているようにうごめくのだ。この女盗賊、男装するのが好きで、行く先々で変装しては人々の宝物を盗んでいる。今宵も、拳闘家崩れの青年の殺人死体の後始末を手伝い、まんまと手下にする。今度の狙いは、宝石商岩瀬庄兵衛の娘・早苗。一か月前から脅迫状と予告状をだして、明智小五郎に出馬させる。そして予告された時刻に明智を二人きりでホテルの一室に残る。予告時間が過ぎたとき、黒蜥蜴は哄笑をあげるが、すぐさま明智に出し抜かれる。そこはうまく逃亡し、今度は岩瀬の家に人間椅子を送り込み、早苗の誘拐に成功。しかしながら早苗は交渉のネタであり、黒蜥蜴の狙いは時価数千万円(当時)のダイヤモンド「エジプトの星」である。大阪・通天閣(たぶん開業直後だったのだろうなあ)を人質交換の場所とし、衆人環視の中、悠々と逃げ去る。個人所有の貨物船、実はものすごく高価な内装のクルーザーを使って東京に移送するさなか、黒蜥蜴は明智が侵入していることを知る。人間椅子こそその隠れ場所と知った黒蜥蜴、部下に命じてロープで簀巻きにしたのち、相模湾に投下する。東京のアジトで、早苗にみせたのは恐怖美術館。タッソー夫人の蝋人形顔負けの精巧な生き人形、すなわち人間剥製の陳列に早苗を加えようというのだ。怯える早苗を全裸にして水槽に投げ込むと、いつのまにか生き人形にすり替えられている。地の底から聞こえるような明智の笑い声。いったいなにが、と黒蜥蜴は狼狽する。
乱歩の作品で女性が犯人であることは珍しくはないが、明智のライバルとなって知恵比べ、変装比べをするのは彼女ひとりくらいか。男装の麗しさ、「僕」を使う*1ハイカラでモダンで自立した女性象は多くに人を魅了したらしく、三島由紀夫が戯曲にしているほど(自分は未読だし、舞台も未見)。美少女、ダイヤモンドにあこがれる年増の盗賊の首魁というのが黒蜥蜴。そのような所有にこだわる欲望を書くのが乱歩の目的であったのだろうが、むしろ明智に一方的に恋心を抱いてアプローチするものの、真意を理解してもらえず、ひとり相撲をとるばかりの恋愛下手である黒蜥蜴に多くの人は魅了されたようだ。なるほど、明智は強力なライバルと闘うほどに意欲を増していくのだが、ここでは明智は黒蜥蜴を邪見にしているように思えた。鼻から相手にはしないというのが明智のスタンス。あらかじめ失恋することが決められた女の恋。それを知ってもなお追いかけ、彼の腕に抱かれ接吻されることを求める黒蜥蜴こそ哀れ。
(追記2022/2/25)
「黒蜥蜴」の二つ名の由来は、大正2年封切りのフランス映画「プロティア」らしい。淀川長治「私の映画教室」(新潮文庫)P176-177から。
妖虫 1933 ・・・ 洋食レストランで会食中、近くの客が殺人の相談をしているようだ。そこで熱血漢・相川守青年は予定場所にいくことにした(谷崎潤一郎「白昼鬼語」みたいな発端)。そこで見たのは、映画女優・春川月子が惨殺されるところ。近くには赤いサソリのマークがある。そのあと守るの美貌の妹・珠子が狙われる。守は事件の首謀者であるらしい青めがね、すなわち赤いサソリをみたので、珠子保護のために東京中を駆け回るが、赤いサソリは先回りして、へまをしてばかり。人嫌いの偏屈な老探偵・三笠竜介の出馬を要請し、快諾されたのもつかのま、三笠探偵は自宅の落とし穴にはまるわ、追跡した先の八幡の藪知らずでナイフできりつけられるわ、郵送された毒薬に引っかかるわといいところがない。そのうえ珠子は拉致されたのちに、銀座の有名店のウィンドウに生き人形として展示された死体として発見される。次の魔の手は、少女ヴァイオリニスト相川品子(たぶん諏訪根自子をモデルにしているのだろうなあ)だ。彼女は守青年のいいなずけ(都合がいいな、おい)。警備を強化しても、赤いサソリの予告状が繰り返し届き、悪漢に捕まった守はサソリの着ぐるみ(特撮映画「ラドン」に出てきたメガメロンか?)に押し込められて銀座に放置され、笑いものになってしまう。ついに品子殺害予告時刻が迫ろうとしているとき、三笠探偵の長広舌が始まる。
こっちの悪役「赤いサソリ(1970年代の極左テログループのような二つ名)」は残忍。映画女優、有名新進企業の愛娘、美少女ヴァイオリニストをターゲットにし、彼女らの命を奪うこと、彼女らの美貌を損なうことにのみ執着する心持は醜悪のひとこと。そのうえ、過去作「一寸法師」をベースにした障害者差別とか悪感情もあって、楽しめなかった。別に悪漢が残虐なことをやっているのを奔放に書くことはかまわないんだ。ただ、その行動の理由に差別の二次被害になるような描写があるのがね。もちろんその時代には問題がないとされたことで、乱歩に差別の助長の意図はないのはわかっている。
角川文庫版の解説は中井英夫。
「『黒蛎賜』も『妖虫』も、その真の犯行動機は裏表にはなっているものの、限りない美への愛憎であり、巨大な肉塊とその生毛という描写がくり返されるたび、乱歩のもっとも恐れていたのは、まさに人間という実存そのものだという点を改めて思わずにいられない(P415)」
とさらっと書かれると、さすが読み巧者は見事に言い当てるものだと感嘆する。
彼によると、「妖虫」の挿絵は岩田専太郎で、子供時代の中井はその絵にひどく惹かれたという。なので、挿絵ごと復刻した創元推理文庫版で読む方がよかったのだろう。まあ、今となっては再読する気にはならないが。