2024/12/19 フョードル・ドストエフスキー「罪と罰 下」(岩波文庫)感想1 ラスコーリニコフの犯罪はヘイトクライム 1866年の続き


かつての読書では、ラスコーリニコフの「罪と罰」とはなにか、「踏み越え」とは何かといっしょけんめいかんがえたものだが、こと「罪」と「罰」については小説中に書かれているのでそこは問題にしない(サマリーのなかで指摘し検討してみた)。彼はアリョーナとリザヴェータを殺したことを罪とは全く思っていない。そのあとの「踏み越え」を持ちこたえることができなくて、「卑劣で無能な自分を許せない」と思い続けることのほうが苦しいのだ。すなわち、ラスコーリニコフはごく少数の「踏み越え」たものが大多数の凡人に対して法を作り裁きを行うことは正当であるとしている。一貫していて、この思想を捨てたことはない。それはエピローグでソーニャへの愛を自覚したときもそうである。むしろソーニャへの愛を自覚したことで、以前のような失敗を犯さないで理論を実践する手掛かりをみつけたようなのだ。監獄の囚役などは通常は罰であるが、ラスコーリニコフはすでに自己の身体に無関心で苦痛を与えるのを受け入れるトレーニングを積んでいるので辛いとは感じない。強制された集団生活は面倒くさいが、囚人に嫌われているので「船室」「棺」「墓地」の暮らしの延長と思っていることだろう。このように通常の法治主義での罪と罰はラスコーリニコフには無関係。
(亀山郁夫「ドストエフスキー「悪霊」の衝撃」(光文社新書)によると、ロシア語の「罪」はまたぎ越すという意味をもっている、とのこと。)
とはいえアリョーナとリザヴェータの人殺しはラスコーリニコフに影響を与えている。それは斧を脳天にふるうことではない。アリョーナの胸をまざぐって鍵を探すときにでてきた十字架を捨てたことであり、リザヴェータが聖痴愚であり巫女であることを知ったことである。つまりラスコーリニコフは象徴的に神を殺していた。もともと彼は「神を信じてはいない」というのであるが、ロシアの人びとにとって神はアイデンティティの重要な根幹。彼は教会に行かず聖書も読まないのだが、20世紀の研究によると正教会の異端になるセクトに入っていたようなので、信仰生活を送っていたと思われる(なので「地下室」に引きこもる前に他人に善行をしていたし、犯行後も施しを躊躇しない)。その神を思いがけず殺してしまった。
そうすると彼が繰り返し考える「踏み越え」は常に対象をあいまいにしているが、おれは「神を踏み越える」と読んだ。そうすると、自らが法や裁きを行える権利を有すると考えることと整合性がつく。
(ロシアでは人間の掟を「踏み越え」ることも罪とされる。そうすると、スヴィドリガイロフの借金未返済やソーニャの「いかがわしい職業」も、カチェリーナの狂気も罪になってしまう。19世紀ではいずれも罪であり、他人から嘲られ、嘲笑を受けるという苦しみの罰を与えられる。小説ではこの3人はいずれも罪人であったが、人間の掟を「踏み越え」ることは必ずしも悪ではない。ときに実行されない正義や公正を露わにする。社会や体制が抑圧する悪や不公正を暴く。人間の掟を破った人たちを救うことで、人間の掟は書き換えられていく。)
ラスコーリニコフは、「神を踏み越える」ことは以下を実践することによって達成できると考えていた。1.家族の禁止=人と神を愛することの禁止、2.定職の禁止、3.貨幣所有の禁止。彼の半年間の「地下室」への引きこもりはこの実践練習だった。だれにも会わないことで家族の紐帯を切り、他人との交友を避け、必要最小限の会話で暮らす。家庭教師を辞め論文を書いて雑誌に投稿した後、引きこもって出て行かなかったのは定職につかないため。母がもってきたルージンの法律事務所への就職も断る。犯行後もラズミーヒンの計画(出版社設立)に参加しない。スヴィドリガイロフによる妹ドゥーニャへの贈与に関心を示さないのも、労働と貨幣所有の禁止の戒律に従ったものだ。これらを徹底することで「新しい人間」になり、「踏み越え」た人間として人類の幸福(これは実態があいまい。たぶん何の構想もない)を実現できる。古い人間から生まれ変わらるには、むしろこの観念の実現にはじゃまな肉体は嫌悪し痛めつけるべき対象になる。彼の服装・食事・住まい・マナーなどの無頓着さはここに由来する。
(ここまで書いた時は分らなかったが、上記の実践=さまざまな禁止を実行するのは、1848年にでたマルクス・エンゲルスの「共産党宣言」の内容そのものであった。ラスコーリニコフの認識はドイツの最新思想と図らずと一致していたのだった。小説の半世紀後に、同じ発想で人類の幸福を実現する「新しい人間」が生まれると考え、実践を呼び掛けた男がいる。レーニンと彼の「国家と革命」。「罪と罰」のあとの「悪霊」でドスト氏は社会主義運動の典型を摘出しているので、彼はそうとうにヨーロッパの新思想を研究しよく理解していた。)
ただ、定職の禁止と貨幣所有の禁止はトレードオフの関係にある。両方を徹底しようとすると、衣食住を失うことになるのだ。個人で「新しい人間」になる実験をするラスコーリニコフにはトレードオフを回避する方法がない。そのために、家族の禁止を破り、母と妹からの仕送りに頼ることになる。このようにラスコーリニコフの「神を踏み越え」て「新しい人間」になる実験は最初から矛盾を抱えていて、理論を突き詰めることができないのだった。また生きるために家族に頼るのは、ラスコーリニコフがもともと強い他者依存をもっていた(その反作用で他人嫌悪と孤独志向が現れる)。
定職と貨幣所有の禁止を徹底すると、人類に幸福をもたらす計画を実行できない。そこで「あれ」「醜悪な計画」が浮かび上がる。とても禁欲的な生活をする「新しい人間」への生まれ変わりには、金の出所はどこでもよく、むしろ社会の害悪をなしている高利貸しは憎悪の対象であり、略取・強奪するのは当然なのだ。
そこで「あれ」「醜悪な計画」を実行したが、ラスコーリニコフが考えてこなかったことが起きた。
苦しみを受け入れられなかったこと。ここで苦しみというのは身体的な苦痛ではない。それはすでに実践して克服済である。他人の苦しみに共感することでもない。「新しい人間」として全人類に君臨することが許されているとき、個々の苦痛に関心を持つ必要はない。「水晶宮」でも「新しいエルサレム」でもない「蟻塚」の権力を奪取すれば、個々人の苦痛は解消されるからだ。ここでの苦しみはロシアの刑罰にあった恥辱刑に相当する。他人に嘲られ、笑われ、見下され、批判されることを永続的に受けること(ロシアの囚人が髪を半分剃られ、囚人服を着て、足枷をつけ、その姿で街に出て労働することは恥辱刑の一部になる)。これが「地下室」にこもって強い自尊心と自意識を持っているラスコーリニコフには耐えられない。ポルフィーリィやルージンのような俗物から、ラズミーヒンやザミョートフのような凡人から、プリヘーリヤやドゥーニャのような家族から、嘲りや笑いを受けると、あるいはあてこすり(と思ったこと)を言われたり、自分のことが話題になったりすることが苦痛でたまらない。それらにあうと、ラスコーリニコフはすぐに「侮辱だ」とわめき否定し、相手をこき下ろし、圧倒しようとする(その点は「ステパンチコヴォ村とその住人」のフォマー・フォミッチと同じだし、「地下室の手記」の語り手の性格を引き継いでいる)。
(恥辱刑は、ホーソーンの「緋文字」を思い返せばわかる。プロテスタント社会で不倫という罪を犯した女はそのことを示す緋色の「A」を四六時中衣服につけなければならない。市場で物を買うことはできても、共和主義の社会からは排除される。そのうえ他人に辱められ虐げられる加害を常に受け続ける。ソーニャは同じような恥辱刑を受けている。でもラスコーリニコフの自尊心はそのような待遇に耐えられない。)
(「地下室の手記」の語り手40歳と比較すると、両者は強い自尊心と自意識を持っていることで共通するのだが、屈辱や侮辱を快楽とするか苦痛とするかで大きな違いになる。語り手は屈辱や侮辱を快楽と感じている。なので引きこもり続けることは可能。でもラスコーリニコフは屈辱や侮辱を耐えられない。踏み越えられない。苦痛を快楽と感じない。なので、外に出ていく。出ると自分が侮辱や屈辱にあう。侮辱や屈辱にあって耐えている凡人を見る。自分に関係ないことを苦痛にすることを選ぶ青年の存在を知る。なによりソーニャが目の前にいる。)
フョードル・ドストエフスキー「地下室の手記」(光文社古典新訳文庫)-1
もうひとつの誤算は、恥辱を受ける代替としての自殺を選べなかったこと。もともと彼は自分の身体を憎んでいたし(食事をほとんど取らないので衰弱気味)、「自分はしらみである」と自己評価も低かった。自殺を選べそうな状況にあってもおかしくない。なのに、彼はピストルを手配しようとしないし、ナイフやロープももたない。斧も返却して手元にない。生きることに固執していないのに、死を選ぶことができない。
(ドゥーニャに侮辱されたスヴィドリガイロフがすっかり意気阻喪して、「アメリカに行く」といって自殺したのと対照的。)
(たぶんラスコーリニコフのアイデンティティの根幹にある神が禁止しているのだ。「神を信じてはいない」といいながら、象徴的に神を殺していながら、ラスコーリニコフの神は強固に道徳命令をだしている。ソーニャが彼のうちにいる神を指摘したり、ポルフィーリィが「神に選ばれている」というのはここを指している。)
(自分は自殺できないという自覚は、他人を自殺するようにそそのかすことができると思うようになるだろう。スタヴローギンに使嗾されたピョートルがキリーロフを追い込んだように。ここでも「罪と罰」は「悪霊」にダイレクトにつながる。)
(恥辱を受ける代替には、ソーニャの提案のほかに、マルメラードフのアルコール耽溺やカチェリーナの狂気という方法があった。これらは恥辱をそう思わないようになる「苦痛という喜び」が達成できる。でもラスコーリニコフはこれらの選択肢には見向きもしなかった。強い自尊心と自意識のせいだろう。しかもこの方法では「新しい人間」になって「蟻塚」を乗っ取って支配することはできない。)
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2024/12/13 北村透谷のフョードル・ドストエフスキー「罪と罰」評(1892年) 日本で最初にドストエフスキーに取り憑かれた明治時代の人。 1892年に続く