odd_hatchの読書ノート

エントリーは2200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。

江戸川乱歩「大暗室」(講談社文庫)

 自註で「おそろしく大時代な善玉悪玉の冒険小説で、涙香の『巌窟王』にルパンの手法をまぜたようなもの」といっていて、なるほどそのとおり。
 漂流中に瀕死になった大富豪は遺言で同乗する親友に資産と妻を譲るという。しかし親友は富豪を裏切り、ただ一人救出される。元親友の大悪党は若い妻と結婚した。その結果、同じ女性から富豪の息子と、元親友・今では悪玉の息子が生まれてしまう。富豪の息子は奸計によって家を追い出され、悪玉の息子は親父以上の悪知恵と身軽な体を持つようになった。そして長じては、東京を火炎の渦巻で消滅させようという異様な欲望を持つに至る。死んだと思われた富豪の息子は、20歳を過ぎて悪玉の前にあらわれ、君の野望は僕が阻止する、やれるものならやってみたまえ、と丁々発止のやり取りをするに至る。

 全体はプロローグに続く三部構成。上のプロローグのあとの第一部は悪玉の息子大曾根が、辻堂老人に近づき、江戸時代の大商人・伊賀屋の埋蔵金をだまし取るまで。大曾根の右腕は一寸法師であって、いい味を出していたのだが、事件のあと姿を消した。もったいない。辻堂老人には忠義の番頭・星野がいて、娘・真弓が大曾根に囚われる。暗い部屋に閉じ込められ、巨大で鋭利な角を持つ振り子が次第に落ちてきて、体をまっぷたつにという拷問にかけられる。その脱出方法はなかなか冴えていたが、これも救出された後姿を消す。もったいない。
 第二部は悪魔の渦巻。渦巻き模様が現場に残される事件があいつぐ。ついにレビューの若い女王、花菱ラン子に脅迫状が届く。ファンは自警団を結成したが、レビュー上演中に大曾根に拉致され、行方不明になる。劇場の屋根や梁を大曾根が軽業のように舞い動くという乱歩の好きなシーンがあり、大曾根を追い詰めたと思ったものの、それはトラップで、富豪の息子・有明が悔しがる中、まんまと逃げおおせる。
 第三部は大暗室。莫大な資産を持った大曾根は、東京の地下に巨大な帝国をつくる。主要な建物に直結する地下道をつくり爆薬を仕掛け、政府と警察を脅迫できるのである。巨大なプールに裸女が泳ぎ、隠れたオーケストラが妙なる音楽を奏で続けるというユートピアもつくる。大曾根は新聞記者6人を招待して、通称「大暗室」を記事にさせる。まあ、劇場型犯罪、愉快犯の元祖みたいだな。大曾根は花菱ラン子と結婚式をあげようとするとき、見知らぬ顔の裸女を見つける。それこそ有明の変奏した姿であって、宿命のライバルはここに最終決戦を迎えるのである。
 1936-38年にかけての連載。すでに通俗探偵小説の大家として名声を確立していいる時期の作。ひとつ連載が終了しても翌月から新しい連載が始まり、数本を同時進行するという、まあ忙しいころだった。なので、筋は荒く、伏線も回収せず、論理的な謎解きも皆無になる。おおむねどこかで読んだことがある話が続くし(サマリーを作ると、宮崎駿カリオストロの城」のストーリーとそっくり)、「大暗室」の幻想のユートピアも「パノラマ島綺譚」の充実ぶりからすると色あせる。真弓やラン子をめぐる三角関係はないし、大曾根の悪の魅力は薄いし、有明も正義のヒーローにしては影が薄い(途中でもっと手ひどい挫折を経験させて、最後に大曾根と大立ち回りをすればよかったのに)。同じ母をもつので、兄弟愛があるのだろうが、さらなる愛憎の関係にまで持っていけなかったのが残念。そこは「人間豹」のほうがよかった。いろいろと残念な作品。

    

(こういうライバル関係を思い出すと、雁屋哲池上遼一「男組」の流と神竜はすごかったなあ。愛憎の絡み合いがみごとだった。)