odd_hatchの読書ノート

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柄谷行人「ヒューモアとしての唯物論」(講談社学術文庫)-2

2018/11/29 柄谷行人「ヒューモアとしての唯物論」(講談社学術文庫)-1 1993年の続き

 

 続いて後半。こちらも散漫な読みになったので、サマリーは手抜きです。

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ライプニッツ症候群――吉本隆明西田幾多郎 1988.10 1989.01 ・・・ 吉本隆明西田幾多郎ライプニッツ的な考えの持ち主として批判するというもの。3人ともよく知らないので(とりわけライプニッツ)、サマリは割愛。
(自分に刺さる指摘は、相対主義(当時ポストモダンで流行)はいいけど、ある絶対的な何かがやっぱり必要じゃね、そうでないと評価の定まった古典は相手にできるが、同時代や現在、あるいは「大衆」「国民」のような評価の定まっていないものに何も言えないし、説得力のある解釈がいずれできるという進化論(というか責任放棄とか無関心のいいわけとか)になっちゃうよ。文学や哲学はある程度の「保留」状態にしてもいいけど、政治や経済、貧困、難民などのリアルな問題では死人が出ることになる。「絶対的な何か」の指標を持つことは必要。当然その絶対的な何かも常に検証することになる。)

中野重治と転向 1988.12 ・・・ 転向というと対立が問題にされるが、中野重治では差異が重要。政治から文学への退避というがそれ自体が政治の敗北。中野重治は読んでいないので、これくらい(大江健三郎がエッセイを書いていたが、取り上げ方が違うのので面食らった)。通常転向はマルクス主義「からの」が取り上げられるが、昭和の初めにはマルクス主義「への」転向もあった。また政治的挫折が内面に行くのは近代文学の起源でも見られたこと(著者は別の論文でも、明治にはキリスト教からの転向もあったという指摘をしていた)。
III
伊藤仁斎論 1989.05、08・・・ 伊藤仁斎の議論はついていけなかったので割愛。論語は誰かの言葉に対する反語。一対一関係を前提にした「対話」。孔子ソクラテスブッダ、キリストと同じく書かなかった。という指摘が重要。
(まえがきにある現在の日本社会の特長を作ったのは徳川体制であるという指摘が重要。大名を廃止解体せず、浪費させてシステムを維持するようにした。朱子学儒教)が徳川体制の原理というが、それは後付け。そのような(原)理を必要としない。下克上の禁止、超越の禁止。鎌倉時代の武士がもっていた個人主義的な契約関係を藩への忠誠に転化。象徴天皇制被差別部落の始まりもこの時代。與那覇潤「中国化する日本」(文芸春秋社)を参照。)

テクストとしての聖書 1991.10  ・・・ とらえどころがなかったので、印象深いところだけ。人は教義を書いたテキスト(聖書、コーラン論語など)を読んで信仰するのではなく、進行するからテキストをありがたがる。近世になって教義書を口語訳(実際は新しい文語)で提供して、人は読むようになったが、テキストの書かれたことよりも内面的な直接性を重視するような宗教運動になって、テキストは無視されることにもなった。
(宗教の教義書だけでなく、他にもある。マルクスの「資本論」もそういう扱いだった。)

柳田国男論 1986.04 ・・・ 江戸時代の古学者が朱子学の徹底と批判をした仕事の方法を継承したのが柳田国男、とのこと。

『意味の変容』論 1993.03 ・・・ 「『意味の変容』が寓話だということは、それが近代小説ではないということ(P3201)」「寓話とは形式のことであり、それはどんな意味にでも「解釈」されることができる(P323)」
2019/01/07 森敦「意味の変容」(ちくま文庫) 1984

日本植民地主義の起源 1993.03 ・・・ 日本の植民地主義の起源は北海道にあり、アイヌの殺戮と同化が行われ、日アイヌ同祖論もでた。この植民地経営のモデルはアメリカで、アメリカのネイティブ系を殺戮・同化した政策に基づく。これによって、日本の植民地主義の特長(被支配者を支配者である日本人と同一的なものとしてみること、西洋植民地主義からの解放と合理化すること)ができる。