odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

木下ちがや「ポピュリズムと「民意」の政治学 3・11以後の民主主義」(大月書店)-1

 1990年以降の政治をポピュリズムという概念を使って分析する。

ポピュリズムとは、人びとが抱く感情にはたらきかけ、政治的シンボル(言葉やイメージ等)への支持/同一化を広範に喚起する政治」という齊藤純一の定義がわかりやすい。通常は、「一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想、または政治姿勢(wiki)」

の意味合いが強くて、否定的に使われる(下記に出てくる政治家など)。

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 ここでは、市民運動によってつくられる世論や民意をくみ取って政党や政策が変化するという意味ももっていて、右翼でも左翼でも(という評価軸はおかしいと思うが、とりあえず使用)「ポピュリズム」は成立するという考えをする。1990年以降の「組織化されない社会」では、再組織化が左右共に(あるいはナショナリズムでもインターナショナリズムでも)成立しがたくなっているので、ポピュリズムが成立する。ただ、ポピュリズムの政治は不安定で、長期化しにくいので、なんらかの/新しい組織された社会を志向する方がよさそうという(と読んだ)。

 

序論 変わりゆく社会と新しい政治 ・・・ 「3.11以後の社会運動」と世界的な「2011年以降の社会運動」の共通性をポピュリズムでとらえる。「人民の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動」とすると、ポピュリズムにはトランプやルペンなども入るが、一方サンダースやウォールストリート占拠もそれ。左翼が専有していた公共陣地をリベラルが奪還する運動。
(この章に出てくる「大衆」や「人民」は、笠井潔/野間易通「3.11後の叛乱 反原連・しばき隊・SEALDs」(集英社新書)にでてくる「クラウド」とか「あざらし」、差別団体への「カウンター」に似ている。)

第1章 民意の政治学――小泉純一郎から安倍晋三へ ・・・ 戦後日本は「企業社会(人はなんらかの組織や集団に属していて、組織の指令や指示で大衆運動に参加する)」の政治をしてきたが、それをポピュリズムに変えたのは21世紀になって。小泉は世論に依拠し、安倍は民意に依拠したのが違う。21世紀の大衆運動の比較。右翼(とくに日本会議)の改憲運動と、リベラルの大衆運動。いずれもナショナリズムを梃子に前進していない。
(この30年ほどの政治運動の見取り図。自分は政治学に詳しくないので、詰め込みすぎの感。)

第2章 常識(コモンセンス)の政治学――二〇〇九年政権交代の教訓 ・・・ 1950-70年代は豊かな社会の同質的排外主義的イデオロギー保守主義が「常識(コモンセンス)」を形成した。バブル崩壊以後の新自由主義は社会の分裂を起こそうとしている。この同質化と分裂が同時進行しているが、2009年の民主党政権誕生の選挙では過去の「常識(コモンセンス)」と取り戻すことになっている。
(この時期は政治の関心が乏しかったので、このまとめであっているかわからない。このあと小沢一郎の民意にも世論にも依拠しない昭和のやり方は影を潜め、本人も影が薄くなったなあ。)

第3章 反原発運動はどのように展開したか ・・・ 「3.11」以降の市民運動の変化を反原発運動でみる。組織によらない個人の自発的参加、SNSによる情報の拡散と共有、フラットな組織運営、政党の政策変更を実現、警察の警備の変化など。
(自分がみている差別への抗議活動もほぼ同じ特徴をあげられる。政党で言えば共産党が反ヘイトの運動をするようになったこととか、行政・政党・市民の地域ぐるみの運動が起きているとか。ただし警察の対応は差別団体に有利で抗議者に厳しいものになっている。ここは大きな違い。あと、3.11以降の日本の運動が世界的な運動と並行している/影響を受けている/与えているというのも重要。)

第4章 第二次安倍政権の発足――開かれた野党共闘への道筋 ・・・ 1960年安保で自民党は戦前復古派を切り経済重視はがイニシアティブをとり、安定的政治を行った(企業支配と開発主義)。組織化された社会が自民党政治を継続させたが、90年代以降の組織化されない社会ではポピュリズムが台頭し、社会と政治を撹乱する(例は橋下徹小池百合子)。これも分断と敵対化の設定に失敗するとすぐに凋落する。第2次安倍政権も高支持率を得ているが、個別政策の支持率は低い。そこにおいて、組織化されていない社会運動が政治を方向付ける例が出てきた。反原発運動と反レイシズム運動(あとSEALDsに代表される2015年の反安保運動もか)。

第5章 社会運動とメディアの新たな関係――日本と台湾の選挙から ・・・ 2014年のそれぞれの国の選挙におけるメディアの動きとメディアを動かした事例の比較。日本のマスメディアの委縮は政治権力の抑圧のみならず、日本の社会の急速な変化に対応できず、新たに生成する民意をつかめていないため。
(台湾では国民党が豊富な資金でメディアを統轄しているが、野党の民主党はネットを駆使して対抗した。日本ではネット選挙はあまり使われていなかったが(せいぜいネトウヨがデマを流すのに使っていたくらい)、2017年にようやく野党が使うようになってきた。とはいえ、市民運動の側の支援も不十分と思うので、まだまだデザインや研究開発の余地がある。)

第6章 「選挙独裁」とポピュリズムへの恐れ――二〇一四年総選挙の力学 ・・・ 2014年総選挙の自民党「圧勝」の分析。圧勝の理由には、議会の対抗勢力不在と、規制緩和などの経済政策への支持があった。
(2014年では「憲法改正国民投票というポピュリズム運動を統率する資質も自信もないことを暴露」という評価だが、2018年1月の施政演説で憲法改正について言及した。)

 

 覚えているかも、でも細部はあやふやという事態の記載なので、あまり自信をもってまとめられなかった。これは類書を読んで数年後に読み直せば、もう少し理解が進むだろうな。
 重要なのは、著者は路上のデモや街宣に通って、現場にいて、声を上げていること。そこにいる人たちとの交流(リアルとネットの双方)があること。この皮膚感覚、現場での呼吸などを知っている。これが、著者の議論を読者の身に近づけている。そこまでする人はなかなかいないんだよなあ。