odd_hatchの読書ノート

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エラリー・クイーン「クイーン警視自身の事件」(ハヤカワポケットミステリ)

 悪徳弁護士がいる。彼は私生児を生もうとする貧しい女に近寄り、出産費用を立て替えるかわりに、私生児を富豪に斡旋する仕事をしている。今回は、クラブのジャズ歌手の息子を富豪に渡した。その直後に、赤ん坊が殺される。富豪の別荘の近くにいたクイーン警視(すでに定年退職している)が事件に巻き込まれ、赤ん坊の世話をしていた看護婦(50代のオールド・ミス)といっしょに事件に介入する。すると、弁護士、ジャズ歌手が相次いで殺される。誰が、なぜ、そのようにしたのか? 怜悧な富豪は彼らの捜査を手ごわいものにする。普段は、エラリーに相談し、「お父さん、○○したらいいでしょう」とアドバイスをもらえるのだが、あいにくエラリーはヨーロッパに取材旅行で連絡がつかない。警視は自分の経験を生かして、自力で解決しなければならなくなる。
 いままでクイーン警視はエラリーの知恵を頼りにしていているのだが、彼の力を借りられないとなると、自分の経験に頼らなければならない。そうすると、必然、聞き込みと尾行による足を使った捜査になってしまう。場合によっては甘い推論をベースにして、駆け引きも行わなければならない。手ごわい容疑者を前にすると、コン・ゲームも成功しないし、手厳しいしっぺ返しを受けることにもなる。ここまでくると、物語は本格探偵小説というわけにはいかず、ハードボイルドと遜色のないものになる。例によって、クイーン一家の扱う事件はブルジョアや高級官僚、貴族の末裔たちの起こしたものになるので、ハメット以降のハードボイルドの探偵が扱うものとは毛色が違うものになるのだが。ストーリーの半分くらいで彼らの目前で殺人が起こり、3分の2で容疑者と対決して奈落の底に突き落とされ、そこから這い上がり、5分の4のところで危険な冒険がまっているという展開はやはりハードボイルドのものだ。ほとんどオリジナル・クィーンの書いたほぼ最後の作品(1956年作)というところで、自分の培ってきたエリアの外で物語をつくるということは、作家クイーンの探偵小説における長年の冒険は、ほとんどのミステリのジャンルを踏破するというものであった。
 ここに登場する人物のほとんどは老人というのが異色の設定。ヒーローとヒロインは定年直後の63歳と婚期を逸した50歳。彼らが探偵に雇うのは(金を払ったのかね)、定年退職した警官たち。富豪は子供のいない50代。警視が懇意にするのも定年を目前にして、子供は自立して家に老妻と二人で住む地方の警察署長。登場人物の平均年齢を出したら、これほど高いのもめずらしいのではないか。だから、かどうかはわからないが、探偵小説の興味に加えて、老年の恋も主題にしていて、警視と看護婦の熟年の恋(それでいてふたりともティーンエイジャのように不器用な恋をしている)を描いた。最後に警視が「エラリーが、なんていうだろう」とつぶやくとき、それが自力で事件を解決したことなのか、エラリーに母ができたことを知ったときのことを想像してのことなのかは不分明になり、それがまた読者をニヤリとさせることになる。なにはともあれ、「ローマ帽子の謎」から40年間、読者の前で勤勉であった警視に、「お疲れ様。いままで楽しませてくれてどうもありがとう」とねぎらいを伝えずにいられない。諸君、この近代的な父親の典型に拍手をしようではないか。

  

最後のように書いたのは「クイーン警視自身の事件」がオリジナル・クィーンの最後から2番目の小説であるから。代作者が関与した作品にもクィーン警視は登場します。念のため。