「イングランドとウェールズの境界地方、ラーストベリで開かれたハウスパーティで、車を使った追いかけっこ〈駆け落ち〉ゲームが行われた翌朝、邸内に建つサイロで、窒息死した死体が発見された。 死んでいたのはゲストの一人で政財界の重要人物。 事故死、自殺、政治的暗殺と、様々な可能性が取り沙汰される中、現場に居合わせた保険会社の探偵ブリードンは、当局の要請で捜査に協力するが、一見単純に見えた事件の裏には、ある人物の驚くべき精緻な計算が働いていた。
考え抜かれたプロットと大胆なトリック。 手掛かり索引を配し、
探偵小説的趣向を満載した傑作本格ミステリ。」
http://www.aga-search.com/48-3milesbredon.html
北海道の風景としてサイロは知っているのだが、どういう機能かはよくわからない。で、この本を参照してまとめてみると、まあ冬に家畜に与える牧草がないときに、夏の間に収穫した牧草を収納するための施設。自分ら素人はたんに枯れ草にするのかと思っていたが、どうやらこのサイロの中では牧草の醗酵が行われるらしい。だから佐々木倫子「動物のお医者さん」最終巻でサイロに牧草をつめる作業のときに、「よい飼料はオレンジのにおい」(超訳)と呪文をとなえるのだが、このにおいは乳酸菌か枯草菌がただしく醗酵したときに出てくる臭いなのだろう。醗酵のために内部は無酸素状態になるし、熱も出る。したがって、醗酵の進む間、サイロ正面玄関は封鎖される。出入り口は高いところにある牧草収納用の扉のみ。上記の漫画でもはしごを使わないと届かない描写になっている。大きな荷物の運搬のために、サイロの外部に滑車が付いていることもある。以上、この本と漫画の記述のみで書いてみた。どこまで正しいかは後で調べる。
サイロ - Wikipedia
田舎の館に集まってパーティのさなか、「駆け落ち」ゲームが提案される。これは女性がひとりくじで「駆け落ち」者になる。彼女は誰か男性を指名する(これは秘密裏に行われ、パートナーになったも明かさない)。時間になったら全員部屋に閉じこもり、駆け落ち者はパートナーといっしょに自動車で指定された場所(離れた教会など)に向かう。他の連中も自動車に乗って追いかける。「駆け落ち」者がだれにも追いつかれずに指定場所に着けば勝ち。書かれた1933年だと、自動車を持つものはブルジョアか貴族に限られるし、道は舗装されていないからタイヤ跡で痛むし、自動車の騒音は就寝中の農家や家畜の眼を覚ますし、街灯なぞないから事故を起こす可能性は高いし(実際、起こしかけた)、なんとも周りに迷惑なゲームなのであった。
この館にはなにか腹に一物ありそうな夫婦たちや何をしているのかわからない政府の重要人物が来ていた。読書と散歩が趣味でひとりでいるのがよいという面白くない男。奇妙なのは、その重要人物がゲームの最中、サイロの中で窒息して死んでいたということ。彼には自殺する理由はないし、恨みをかいそうな人物でもないし、なにより夜間にサイロに上る理由もない。というわけで、招待を受けていた保険会社付きの探偵プリードンがいやいやながらの探偵を行う。
なにしろフェアに徹していて、「さて皆さん」の後の説明では証拠のインデックスが張られている(この証拠は○○ページにあるよ、という記載)。「陸橋殺人事件」とは打って変わった正統派探偵小説。でも、地味。ゲームの描写は面白いけど、そのあとの捜査ではアクシデントとかハプニングなんかは起こらず、だれもが仮面をかぶって日常を装っているから。英国小説とはそういうもの(日常描写を丹念につづる)だろうけど、クイーンやヴァン=ダインを先に読んだ読者には辛いかもね。しかもなにかすごいトリックがあるかというとそんなことはなし(シェイクスピア「ウィンザーの陽気な女房」、ヴェルディ「ファルスタッフ」を下敷きにした仕掛けは面白い)。真相はややこしいプロットにあるので、それを解読するのはなかなか大変。これは読者を選ぶなあ。
真田啓介という人の解説が見事。ほとんどこの国に紹介されていないノックスのバイオグラフィーから人柄、小説の特長、読むときに注意すること、彼の解釈などしっかりと書かれている。もちろん犯人や犯行方法に触れているので、本文読了後に読んでください。自分の上の感想など忘れて結構。
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