odd_hatchの読書ノート

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アガサ・クリスティ「エンド・ハウス殺人事件」((新潮文庫)「邪悪の家」とも

 原題「Peril at End House」を新潮文庫はこのように名付け、創元推理文庫は「エンド・ハウスの怪事件」、ハヤカワ文庫は「邪悪の家」とする。1932年初出の長編第12作。

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 イギリスの南海岸で休暇中のポワロとヘイスティングスは、3日に3度殺されかけたという若い女性にあう。なにしろ、ポワロらの前でスズメバチに刺されたかもといいながら、銃弾をみつけたというのだ。ほかにも岩が落ちてきたり、自動車のブレーキが壊れていたり(この事故はハル「伯母殺人事件」の主人公がやった手と同じだし、クイーン「盤面の敵」でもあった。まあ、襲撃予告としてありふれた「事故」とされたのだろう)。ポワロは、モガとかフラッパーとでもいえるこの新しい女性に興味を惹かれ、彼女ニック(別名マグダラ)のボディ・ガードを務めることにする。誰か信頼できる人をそばにいさせるべきという助言をうけて、ニックは従妹のマギーを呼んだ。到着の夜、ニックが相続したエンド・ハウスに人々(ほかの従兄や友人や美術商や海軍中佐など)が集まり、花火をみていた。佳境に入るころ、ニックの赤いショールを身に着けたマギーが庭に出ていたら、射殺された。どんちゃん騒ぎのさなかだったので、だれがどうしていたかは互いによくわからない。
 なんでマギーが殺されたのか。いぶかるポワロらにニックは、実は数日前に死亡が確認されたマイケル・シートンは婚約者だったと説明する。そのマイケルは数週間前に親を亡くし、全英二番目の資産を相続したばかり。マイケルは冒険飛行に出かけるまえにマグダラあてに遺産を残すという遺言書を残していた(マイケルは世界一周の飛行機旅行をもくろんでいた。そのころ、アメリカの富豪の息子が同じく世界周遊の飛行機旅行をしていて行方不明になる事件が起きていた)。
 ますます危険ということで、ニックは病院に隠れることにしたが、差出人がなんとポワロの菓子をたべて、コカイン中毒で死にかけてしまった。いよいよニックに危機迫る。のであるが、容疑者をしぼれない。だれにでも容疑がありそうで、動機をもたない。消沈するポワロはヘイスティングスのひとことで天啓が訪れる。ユリイカ! というわけで、ポワロはエンド・ハウスに関係者を集めてコンゲームをしかけることにした(名目が降霊会セアンスというのが時代。コナン・ドイルがはまっていたように、オカルトが大流行中)。
 えーと、きわめてめずらしく趣向を見破ってしまった。ただし、論理的に考えてそうなったのではなく、似たような趣向の本を先に読んでいたからだ。どの本かは秘密の日記に書いておこう。まるで、古書をひもといてそこに犯人の名を見出す法水麟太郎だな。「黒死館殺人事件」を嗤えない。
 それに加えて、クリスティの他の長編に比べると、人物に精彩がとぼしくて。ニックが茫洋としていて、主張が見えてこないし、被害者も静かにあらわれて静かに消えていき、ニックが嫌う女友達も性格付けが不足。なので、会話の妙が出てこない。解説によると初期のクリスティの傑作扱いだったというが、うーん、首肯できないなあ。


 むしろ訳者の翻訳姿勢のほうがおもしろかった。すなわち、ポワロとヘイスティングスの関係の見直し。これまでは二人はほぼ同世代。ヘイスティングスはポワロに敬意を払うが、ため口であるくらいに対等であるとされてきた。ここでは、ヘイスティングスはポワロを崇拝する一回り下の世代とする。ポワロ50代、ヘイスティングス30代前半あたり。なので、ポワロはマナーとしてヘイスティングスを尊重するが、辛辣であることを隠さず、ヘイスティングスは一方的な尊敬を示すが失敗ばかりでポワロにたしなめられる。テレビの刑事ドラマ「相棒」のなんとかとかんとかの関係ににている。ポワロの立ち振る舞いは水谷豊の演技やしゃべりににている、とでもおもいなせえ(こんな比喩を使うと、ドラマ終了後には意味が通じなくなるだろう。まあ、それほど長い生命を持つ文章ではないので、しかたないか)。訳者・中村妙子は新潮文庫でほかに「ブルートレイン」「三幕」「牧師館」(いずれも後に「殺人事件」がつく)を訳した。創元推理文庫やハヤカワ文庫を読み慣れると違和感がのこるが、この設定は面白い。もう少し読みたいところだが、あいにく出版から30年後の2018年には全部絶版。