odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

アガサ・クリスティ「ポアロの事件簿 1」(創元推理文庫) 短編探偵小説黄金時代をなぞった初期短編集。このフォーマットだとクリスティは生彩に欠ける。

 ポアロの、クリスティの初期短編。1924年に「Poirot Investigates」のタイトルで出版。創元推理文庫版はオリジナルのアンソロジーより収録は少ないようだ。ポアロヘイスティングスがあったばかりで、同居生活を始めたばかり。ポアロのあとをヘイスティングスが追いかけたり、ポアロのひとりごとを書き留めたり。

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西洋の星の事件 ・・・ 「西洋の星」と「東洋の星」と名付けられるダイヤモンドには、一緒になると中国人が盗み出すといううわさがある(それなんて「月長石」)。おりしも片方ずつを持つ夫婦(映画俳優と貴族)がであい、晩さん会を開くことになった。電気が一瞬消えたと思うと、石は盗まれていた。西村京太郎「名探偵に乾杯」(講談社文庫)の解釈に基づくと、「カーテン」事件の遠因はここにある。

マースドン荘園の悲劇 ・・・ 荘園の主人がライフルで自殺した。死体の状況から捜査を開始。居候の大尉に「心理試験@江戸川乱歩」を実施して、真相に至る。乱歩のは1925年で、こちらは1923-24年なので、ほぼ同時期。

安いマンションの事件 ・・・ 相場の3分の1という格安でマンションを借りられたのはいいが、どうも監視されているようだ。おりしも機密書類の紛失事件も起きている。というわけで、ポワロは探偵する。

ハンター荘の謎 ・・・ ハンター荘で主人が射殺された。黒ひげの男が直後に消えている。インフルエンザに罹ったポワロは出張できないので、ヘイスティングスが代わりに行った。ポワロは電報でヘイスティングスに指示を出すが、ヘイスティングスにはわけがわからない。

百万ドル公債の盗難 ・・・ ロンドン-ニューヨーク間の客船で、公債を運搬中に盗まれた。トランクの鍵を壊した後に、カギで開けたと見える。運よく、上陸前に発覚したので、離船する乗員の荷物検査をしたが見つからない。しかしその数時間後には盗まれた公債が売りに出されていた。さてどうやって。この時代、大西洋横断は船しかなく、飛行機はなかった。

エジプト王の墳墓の事件 ・・・ エジプトでメンハーラ王の墳墓を発掘している調査隊のうち3人が死亡。つい最近破傷風で死んだ隊員がいるので、ポワロは現地に赴く。捜査そっちのけがポワロは護符や呪符を貼るだけ。ポワロモメンハーラ王の呪いを信じているのか? 1923-24年はまさに「ツタンカーメンの呪い」が進行中だった時期。チェスタトンも「金の十字架の呪い」「ダーナウェイ家の呪い」(いずれも「ブラウン神父の不信」1926年)という呪いものを書いているので、読み比べられたい。まあクリスティのは劣ること数等というでき。

グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件 ・・・ ホテルに宿泊中の貴婦人の部屋からネックレスが紛失した。部屋にいた女中も小間使いも私ではないと否認する。出入りしたものはほかにいない。

誘拐された総理大臣 ・・・ まじかの連合国会議に出席予定の総理大臣が狙撃され暗殺未遂となった。その日に総理大臣が誘拐された。極秘の捜索を閣僚に依頼される。手がかりは少ない。まあ、ドイツにたいする嫌悪をあらわにするのはやはり戦後数年目という時代のせいだな。

ダヴンハイム氏の失踪 ・・・ 銀行家で金融業者のダヴンハイム氏が失踪してしまった。ポワロは彼の経営する銀行に預金がれば引き出せと忠告する。1920年代はおおむね好況と思っていたが、小さな取り付け騒ぎはあったのだね。そこは大英帝国、世界の銀行はそのくらいではびくともしなかった、と思う。

イタリア貴族の事件 ・・・ フォスカチーニ伯爵が鈍器で殺された。その直前に3人で食事をしている。ポワロはメニューにこだわる。

遺言書の謎 ・・・ 奇妙な叔父は死後一年以内に自宅から遺言書を見つけろと謎を残した。隠し戸棚があったが、そこには焼け残り。さてどこに。ロバート・S・メンチン「奇妙な遺言100」(ちくま文庫)を読めばわかるように、この隠し方は有効。ロバート・バー「チズルリッグ卿の遺産 @シャーロック・ホームズのライヴァルたち1」、横溝正史「執念@恐ろしき四月馬鹿(角川文庫)」などが同時期の作品。

 

 小説の構造は1890-1910年代の短編探偵小説黄金時代のもの。これを1920年代に書き直すと、とても退屈。クリスティの筆も精彩がなくて、こういう形式で書くとまるでつまらない。なるほど、黄金時代の短編探偵小説をそのまま書いても1920年代の現代にはならなくて、そこになにか批判的精神を入れないといけない、と考えたのがチェスタトンだったのか。チェスタトンは神学とか保守思想を語る場として探偵小説を書いたが、そんなものをもたないクリスティは形式をなぞるだけ。せいぜいポアロに変装させたり、警句や嫌味をはかせたり。そのうえ視点は常にポワロにあり、ポワロの性癖のあれこれ、行動の奇妙さを誇張して書くものだから、数編も読むと飽きてしまう。シリーズ探偵のダメなところがここに凝縮されているようだ(うまく回避したのは、都筑道夫エドワード・D・ホック。性格付けを最初の数編でしたら、あとはテンプレートを繰り返すことで、読者に思い出させる工夫をしていた)。