odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

押川曠 編纂・翻訳「シャーロック・ホームズのライヴァルたち 1」(ハヤカワ文庫)

 最初にタイトル、次は作者、あとに探偵の名前、最後は発表年。
1 スタッドリー荘園の恐怖 (L・T・ミード)(ハリファックス博士)1893 ・・・ ハリファックス博士の元に若い夫人が訪れる。毎晩幽霊をみて神経衰弱気味の夫を助けてくれというのだ。博士が家を訪れると、夫は肺病病みの妻を気遣っている。さて夫の寝室で一夜を過ごした博士はたしかに幽霊をみた。テンポがのろく、女性作家らしいきめ細やかな感情表現も旧世紀のもの。怪奇小説ないしゴシックロマンスのような一編。

2 ディクソン魚雷事件 (アーサー・モリスン)(マーチン・ヒューイット)1894 ・・・当時最新鋭兵器だった魚雷の設計図が衆人環視の事務室から紛失した。それはロシア偽札事件と連動した国家的大事件になりかねない。名探偵ヒューイットが謎に挑む。とはいえ登場人物は5人という少なさ。

3 メキシコの予言者 (グラント・アレン)(クレー大佐)1896 ・・・ モンテカルロで休暇を過ごす大富豪。インチキ預言者のうわさを聞きつけ、偽であることを証明しようとする。しかし見事に5000ドルを騙し取られる。どうやって?最初期のコン・ゲーム小説かしら。

4 消えたダイヤモンド (マクドネル・ボドキン)(ジャギンズ氏)1897 ・・・ 結婚祝いの巨大なダイヤモンド。宝石商から婚約者の元に届けると、ダイヤモンドは消えていた。どうやって? 太った探偵、ジャギンズ氏が解決する。どんでん返しが2回としゃれた趣向。でも、ケースの重さに気をつけると、事件は間の抜けた青年にも解けたはずなのだが。

5 フィレツェ版ダンテ (ファーガス・ヒューム)(質屋のヘイガー)1898 ・・・ ロンドンの質屋にダンテ「神曲」第2版を若い男が質入にきた。それは店員にして優れた推理能力を持つジプシー娘ヘイガーの宝探しの冒険の始まりだった。古書にあぶり出しで書かれた暗号。これをつかった長編があったなあ。金言は「金持ちであるより、金持ちにみせかけたほうがよい」。これをモットーにした長編があったなあ。

6 クイーンズフェリー事件 (ディック・ドノヴァン)(タイラー・タットロック)1898 ・・・ ロンドン郊外のクイーンズフェリーで盗難事件が相次ぐ。化学者から探偵に転身したタットロック氏の地道な調査が始まる。まるで「樽」みたい。

7 シカゴの女相続人 (クリフォード・アッシュダウン)(ロムニー・プリングル)1903 ・・・ 大英博物館の図書室でつたない英語の手紙を書いているドイツ人がいた。その様子を伺っていたプリングル卿、彼がある貴族をゆする計画であることを知る。表向きは探偵、裏では悪人の上前をはねる悪徳紳士は貴族とゆすりを相手にコンゲームを仕掛ける。凝りに凝った文体、むしろ19世紀のもったいぶった文章で事件の全貌をつかむのに時間がかかってしまった。

8 チズルリッグ卿の遺産 (ロバート・バー)(ユージェーヌ・ヴァルモン)1906 ・・・ 破産した貴族の息子が遺産を探してくれとやってくる。なにしろ死んだ貴族の叔父は毎日自分でかなてこをたたいているという奇妙な仕事をしていたのだ。遺産の奇妙な隠し方。横溝正史の初期短編に似たのがあった。作者は乱歩推薦の「放心家組合」の作者。

9 教会で歌った男 (エドガー・ウォレス)(正義の三人)1912 ・・・ 「正義の3人」(法で処罰できない悪党を処罰するロンドン版必殺仕事人)に依頼にきたのは若い娘。ゆすりのねたになってい昔の手紙を取り返してくれ。ところがゆすりやは部屋から一歩も出ない。しかもあるとき突然彼は殺されてしまった。サマリだとなんだかわからないが、要はゆすりを殺した真犯人は意外なところに隠れていたというしだい。それが本当にあったら司法制度が崩壊していることになる。

10 ドイツ外交文書箱事件 (V・L・ホワイトチャーチ)(ソープ・へイズル)1912 ・・・ 資産家で菜食主義者の探偵に外交機密文書を回収せよとの依頼。ターゲットは秘密警察3人に保護されたスパイ。彼らだけしかいない客車からヘイズル探偵はいかに機密文書の入ったケースを奪還するか。機械トリックだが、有名な「ギルバート・マレル卿の絵」より見事。作中に「灰色の脳細胞」という言葉がでてくる。クリスティのオリジナルじゃなかったんだ。

11 七人のきこり (ヘスキス・プリチャード)(ノヴェンバー・ジョー)1913 ・・・ カナダの開拓時代。きこり連中が連続して強盗に会う。周囲には不審人物がいないので彼らの中にいるらしい。森の「シャーロック・ホームズ」ノヴェンバー・ジョーは事件現場を観察してとくに足跡から犯人を見つけ出す。

12 的外れの先生(E・W・ホーナング)(犯罪博士ジョン・ダラー)1913 ・・・ 寄宿学校の生徒が頻繁に事故にあう。献身的な教師も混乱している。ダラー博士は主治医やその他の話しを聞いて、真相を明らかにする。

13 アンブロザ屋敷強盗事件 (R・C・レーマン)(ピックロック・ホールズ)1893 ・・・ 本家登場直後に現れたホームズのパロディ。ピックロックは錠前破りとのこと。

14 盗まれた葉巻入れ (ブレット・ハート)(ヘムロック・ジョーンズ)1900 ・・・ 名探偵ジョーンズの宝石つき葉巻入れが盗難にあった。変装の名人ジョーンズは私の周囲を捜査する。そして驚愕の真実が明らかになる。まあ、パロディですから。


 探偵小説の形式が固まりつつある時代の短編集。江戸川乱歩編「世界短編傑作集」の1巻2巻と重なる時代で、数名の作者が共通している。
 いくつかはそのトリックだけ知っていたが、本編を読んだことのないものが収録されていたのでありがたい。とはいえホームズ、隅の老人、思考機械、アブナー伯父らのような強烈な個性を発揮していたり、チェスタトンのような創意を持つまでには至っていないので、時代の趨勢とともに忘れられた。この国では、上記の探偵のような個人探偵ごとのアンソロジーが出版されたことはない(と思う)。たぶん出たとしても同じ緊張感を持って読むことは難しいだろう。