odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

アガサ・クリスティ「アクロイド殺し」(ハヤカワポケットミステリ)

名士アクロイドが刺殺されているのが発見された。シェパード医師は警察の調査を克明に記録しようとしたが、事件は迷宮入りの様相を呈しはじめた。しかし、村に住む風変わりな男が名探偵ポアロであることが判明し、局面は新たな展開を見せる。ミステリ界に大きな波紋を投じた名作、新訳で登場。(解説 笠井潔
アクロイド殺し | 種類,クリスティー文庫 | ハヤカワ・オンライン

 世界で最も有名な犯人のひとりが登場する探偵小説。ただし、その姓名を正確に指摘できる人は少ないだろう。もちろん自分は覚えていません。すでに誰が犯人かを知った上で読んだので、結末の意外さにもはや驚きはしない。そのかわりに、前半3分の1までに伏線が大胆に提示されていること、そして容疑者はたった一人しかいないことに驚かされる。そうなんだ、この「アクロイド殺し」では容疑者は一人しかいない、その一人が犯人だった。しかし、この容疑者は巧妙に姿を隠していて、そう簡単には見つけることができない。ポアロを除く警察たち(および読者)は、犯人の仕掛けた罠にはまって、全然関係ないものを全力で追いかけることになる。そのあたりがとてもうまい。(思いついたけど、犯人が姿を隠せることのできた理由のひとつに、いやな性格を持った人を配置していて、その人への反感をもつようになり、それが犯人への共感を生み出すようにしている。この人物配置と性格の設計もまたすばらしい。という評が当時からあったらしい。実は作者はその人物を愛していた。いやな人物であるとは思っていなかった。そこで創造されたキャラクターがミス・マープル、との由)
 被害者ロジャー・アクロイドはその村のほとんど唯一の資産家。しかし吝嗇で、施しや福祉、ボランティアなどには無縁。さらには、第1次大戦後、インフレと不況があったのだが、それを克服。しかし、もう一回の不況がやってきて、村人たちに悪い影響を及ぼしている。1926年のイギリスの寒村で起きた出来事ではあるが、経済のグローバル化・証券商品のバブル化などはすでに見られていたのだった(レーニン「帝国主義」を参照)。
 この時代の家屋と社会インフラでは、一人で暮らすことはできないので、複数の人々が同じ家で暮らしている。秘書、家政婦、執事、小間使い、兄弟姉妹。この探偵小説では、一人一人を丹念に描く。というか、訊問を繰り返したり、ふと思いだしたことを報告したり。そこに複数の人たちの愚痴やおしゃべりが差し込まれて、とてもわずらわしい(事件の単純さや展開ののろさにもかかわらページ数が結構なものになるのは、そういう描写が差し込まれているため)。それはクリスティ的なフェアネスを実現するための手法であるのだろう。自分が思ったのは、これは19世紀もしかしたら18世紀の英国小説の伝統を継承する書き方ではないかということ。ストーリーを書くことには興味がなく(その点ではディケンズの継承者ではない)、登場人物を執拗に描いてそこにある「真実」を描こうとする(その点ではコリンズ的だし、もっと執拗に書くとマーヴィン・ピークゴーメンガースト」シリーズになる)。読んだことはないけれど、「嵐が丘」とか「ジェーン・エア」のような女流小説の系譜にたっているのかもしれない。
 そうした描写によって、クリスティは「過去」を発見する。通常描写はつねに物語の上での「現在」を書いていて、そこには個々人の過去は現れない。しかし、ごくささいな発言や普段とおりではないちょっと変わった仕草などから、彼、彼女の過去があらわになる。それはたとえば、だれそれ間の親子や親戚あるいは同級生の関係であったり、周囲に隠していた恋愛や結婚、ばあいによっては隠し子(「チャイナ・オレンジの秘密」参照)であったりする。少し大げさに言えば、プライバシーだろうか。日常生活では、鍵をかけた箱の中をのぞくことはできないし、のぞいてはならないとされている。そこには、個々人の「本音」「真実の姿」が隠されている。そういう契約というか規律を壊すのが、犯罪であって、日常の秩序が壊れたときに、隠していたプライバシーが露見することになる。探偵小説ではそれはたいてい「過去」として現れる。クリスティの多くの小説で、真犯人が指摘されると同時に事件の関係者のプライバシーも露見することに注意。探偵することは、人のプライバシーを暴いていく、侵害していく行為でもある(非常時だから、罪とはされないけどね。だから現実の私立探偵が毛嫌いされるのは探偵のもつプライバシー侵害にあるのだろう。それは法に抵触する罪ではないのだが、共同体の規律や道徳を犯す悪の体現なのだろう)。ここで比較したいのは横溝正史であって、彼の探偵小説では過去は発見されない。それはすでに小説の冒頭で説明されている。すなわちプライバシーは存在しない。その代わり、金田一=探偵が発見するのは「現在」の裏側にあるもの。村人の相互監視状態において、なお隠さなければならない「本音」。たぶんこれはクリスティの「プライバシー」とはちょっと違うことなのではないかしら。これはゴシックロマンスや草双紙の継承者である横溝正史にとっては自然な流れ。そうすると、クリスティはゴシックロマンスに対抗する自然主義(リアリズム)の文学かな。

      

 以下ネタばれ。さらに二つのトリックがここには仕掛けられている。ひとつは、意外な犯人。最初の例はザングウィルの「ビッグ・ボウの殺人」かな。ポーにもありそう。のちにカーが「赤後家の殺人」で踏襲。犯人が発見者でありかつ容疑者から除外されるためには、発見を偶然と思わせる工夫、犯人にとっての必然を自然に思わせる工夫が必要になってくる。そのときには、いくつかの職業を持たせることがよいらしい。
 もうひとつは、機械的なアリバイ工作。ほぼ同時期にヴァン・ダイン「カナリア殺人事件」に使う。クラシック音楽のSP録音を聞いたことのある耳では、とうてい現実化できない(初出は1926年。まだ電気録音の初期で、SPの音は極めて悪い)。なお、この録音機は現代のICレコーダーでもなく(実用化は2000年ころか)、テープレコーダーでもなく(第2次大戦中にドイツで研究。レコード会社では1950年ころから使われるようになった。家庭で使われるようになったのは1960年代半ば以降)、蝋管録音機とのこと。たぶんこんな形。
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2020/09/14 アガサ・クリスティ「アクロイド殺人事件」(新潮文庫)-2 1926年