odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

永井荷風「ぼく東綺譚」(岩波文庫)

 高校時代、現代国語の巻末にのっている文学史年表を参考に小説を読んでいた。その際に読んだ一冊がこれ。17歳にはぜんぜん面白くなかった。土地勘のない場所の風景が書かれ、自分の生活とは切り離された習俗がでてきて当惑する。なによりも59歳の老人(当時の感覚)が遊郭をほっつきまわるだけの話には何の感興も起きなかった。これは文学史研究の成果をそのまま高校生に提示したところに問題があり、読者の年齢と経験では感情移入できない小説を推薦してしまった。なるほど文学史年表をみなおすと、「白鯨」「罪と罰」のような圧倒的な印象を残す古典に出あった(どちらも根無し草の独身男の物語)。しかし本書のみならず、「女の一生」「アンナ・カレーニナ」「それから」「冬の宿(阿部知二)」「氾濫(伊藤整)」のような大人の文学(夫婦関係に亀裂が入る物語)にであうと、独身童貞の高校生は困惑してしまうのである。
 大江匡(ただす)という59歳の小説家がいる。この神経質な作家は、夕方になると鳴り出す隣家のラディオやSPレコードの流行歌に耐えられない。そこで家を出てうろつくのであるが、銀座では寸貸し詐欺師にたかられてばかりで行く気になれない(松山巌荒俣宏によると、都電ができたころから寸貸し詐欺があったとのこと。彼らは銀座にいて、カモに三田まで行くので電車賃を貸してくれという。そういえば、同じ手口の詐欺師に1980年代の岩本町近辺で出会ったことがあったのを思い出した。荷風があった詐欺は別の手口)。落ち着けるのは浅草から足を延ばした吉原や玉ノ井の遊郭界隈だけ。そこが他の土地と違うのは、女がたくさんいること(江戸のころから田舎の次男三男坊が職を求めに来てそのまま居つくので、東京は常に独身の男が多い)。芸妓や女給のなかには一人暮らしをしているものもいて、学はないが気のいい女が男の世話をする。たまたま梅雨時の夕立にあって、傘に入れた雪子(26歳)という何をしているかわからない女が家で服を乾かすようにいっていく。そのままずるずると居座って、お茶を飲み、菓子を食っているうち、大江は雪子の家に入り浸るようになった。といって、夕涼みに来て世間話をしてから大江は家に帰るという、とても淡白な付き合いであった。それもひと夏が過ぎ、秋の深まるころには大江も外に出る気がなくなり(戸締りをするのでラディオやレコードの音が聞こえなくなる)、雪子との付き合いも消えてしまった。
 何も起こらない。大江は雪子の家で何があったかを書く気はあまりないらしく、むしろ行き来するときに過去を思い出すことにふけるか、書きかけの小説「失踪」の筋を考えるか。高校の現代国語の授業では大江と雪子の感情の移り変わりを分析するだろうが、そんなことは小説の眼目ではない。読み取れるのは、当時の日本社会では珍しい独身の老人の奇妙な生活なのだ。大江の家には賄いと掃除で女の出入りがあるようだが、大江は目もくれず、といって玉ノ井にいる雪子に色目をつかうわけでもない。いまさら旦那になるのも面倒だし(雪子の今の旦那といざこざを起こしそうだし)、雪子の世話女房ぶりを楽しむような心持にはなれそうもない。そういう欲望を持つには年を取りすぎ、日本社会のダメさばかりが目につき、2-30年前の明治やそれより前の江戸を懐かしむしかない。そういう老年の孤愁ばかりがひしひしと感じられる、なんとも枯れた小説だ。
 だから永井荷風の小説は漱石のように国民文学にはなれない/ならない。職業を持たず、街をぶらつく男を描いていても、戦前の男の規範から外れた暮らしをしているから。そのうえ社会に愚痴をこぼしてばかりで、批判の質が低く改善の提案もない。そういう非社会的な存在は、上昇志向の国のロールモデルにはならない。この小説は1936年に書かれた。
<参考エントリー> 本書に点描される浅草の50年後。
都筑道夫「泡姫シルビアの華麗な推理」(新潮文庫)1984
都筑道夫「毎日が13日の金曜日」(光文社文庫)1987

 もう一つ気づいたのは、この時代、女性が就ける職業が極めて制限されていたこと。NHKの朝のテレビドラマには自立する女の成功物語が繰り返されるが、ほとんど多くの女は学校に通えず、資格を持つこともできない。なので、電話交換所の職員やバスの車掌はきわめて就業のむずかしいものであり、結局は女給か雪子のような芸妓か、吉原に入るか。雪子の客あしらいのうまさをみていると、彼女はショップの店長を任せられるくらいの才覚がありそうだ。そういう機会を持たせられない日本の生産性が低かったのは当然か。
(女性の扱いの違いは、会話の違いとなって表れる。女性が男の機嫌をうかがい、損ねないように配慮する。自分をさげて男をたてる。甘えているような口調で、へりくだって自分の要望や欲望を男に伝える。男は尊大に構えて、女が身の回りの世話をするのを当然と受け入れる。そういう会話はたぶん昭和40年代まで残っていたが、80年代でほぼ消えた。そういう技法や文体の違いもこの小説の古さを感じさせる。)

  

 

 荷風が見聞した昭和初期の日本人が小説にでてくる。いくつか抜粋。
礼儀正しい昭和の日本人

「朦朧円タクの運転手と同じようなこの風をしていれば、道の上と云わず電車の中といわず何処でも好きな処へ啖唾も吐けるし、煙草の吸殻、マッチの燃残り、紙屑、バナナの皮も捨てられる」

おもいやりのある昭和の日本人

「三田の書生及三田出身の紳士が野球見物の帰り群をなし隊をつくって銀座通を襲った事を看過するわけには行かない。彼等は酔に乗じて夜店の商品を踏み壊し、カフエーに乱入して店内の器具のみならず家屋にも多大の損害を与え、制御の任に当る警吏と相争うに至った」

多文化に理解のある日本の愛国の志士

「わたくしは震災前、毎夜帝国ホテルに舞踏の行われた時、愛国の志士が日本刀を振って場内に乱入した為、其後舞踏の催しは中止となった事を聞いていた」

 こういう日本人が集団で武器を持って外国に行けば、略奪・強姦・虐殺の犯罪行為を連発するのもあたりまえだと、ため息をつきながら納得する。

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