odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

都筑道夫「毎日が13日の金曜日」(光文社文庫)

 ホテル・ディックシリーズ第2弾。1987年初出。
 舞台がホテルから出ないというのに恐れ入った。主な会話は6階の警備室、事件の報告で社長室が現れるくらいで、あとはロビーにラウンジに正面玄関付近に裏の駐車場、それから下記のショッピングエリアの店の中。このくらいの場所だけで小説を書くというのは、相当の力がいる。それを楽々とこなすのはさすがだなあ。

猫は消え金魚が残る ・・・ ホテルから小学生がいなくなったという連絡があった、幼稚園児のような子供がずっとロビーにいる、駐車場裏ではシャブの売人が殺されている、エンコの六という元スリが帰ってきた。猫は小学生の好きな「フェリックス・ザ・キャット」、金魚はシャブを入れていた弁当についている金魚の醤油入れ。今日もホテルディックは大忙しの一幕でした。

復讐は海を越えて ・・・ 警備主任に脅迫電話が入り、いたずらのびっくり箱が届けられる。警備主任が現役刑事だったころに捕まえられたヒットマンの名前を名乗り、しかも電話の翌日にホテルにチェックイン。人殺しを重ねた男はコーヒーラウンジでホテル従業員を人質に立てこもる。なじみのもと週刊誌記者も特ダネにありつこうとホテルに来る。今日も、ホテルハイライズ下町は毎日が13日の金曜日

脱いでから死ね ・・・ クリスマスのころ。ロビーでヌード写真を撮影したカメラマンをおれは見咎める。女はそのまま逃げたが、あとで駐車場で死体で見つかった。カメラマンの持ち込んだビデオにはアダルトビデオもどきの映像があった。ホテルを巣にする娼婦のエリが有力情報を持ち込む。

週刊ダイナマイト ・・・ 前作でネガを焼いたはずのヌード写真が週刊誌に載ってしまった。副支配人にしかられた「おれ」は調査を開始する。一方、ラウンジには元女優が来るわ、やくざがパパラッチを締め上げようとするわ、元私立探偵の強請り屋が見張っているわともう大変。焼いた写真が現れる不可能事件、おどしにゆすりにとラウンジの事件が一つの構図にまとまっていくさまは見事。物語終盤で「おれ」が殴られて失神するというハードボイルドの定番シーンも登場。ホテル・ディックシリーズの白眉。


 ホテルハイライズ下町の店がよい。「一寸八分」という骨董店、「魔法屋」というマジックショップ(芸人の実演付)、江戸風贅沢おもちゃの店「芥子之助」、ケーキ屋「ルフドオル」、地下一階のバー「ルナ・パーク」、スナック「和合神」、地下二階の洋食屋「倫敦亭」、「太兵衛ずし」、スタンド・バー「ボッカチオ」、居酒屋「蚤亭」、京料理陰陽師」(ここの朝粥が絶品のようだ、食ってみたい)などなど。ホテルはひとつの都市であるというのが、ハイライズ下町社長の言。たしかに大きなホテルではその中で一日過ごせそうだな。ラスベガスはホテル群がさらにモールでつながっていて、巨大な人工環境ができているそうな。それほど大がかりなものでなくとも、このホテルもまた都会の縮図というか寓意図というか。シャバの不平不満や不倫、逆恨み、いいがかり、そんな鬱屈した感情を持つものがやってきては、ホテルという異境でもって事件をおこしてしまう。解説では、資産を持って悠々自適の老人と進む道を見出せずにうろちょろする青年という対比を見出したけど、必ずしもこの小説に登場する老人すべてが悠々自適というわけではない。元週刊誌記者とか元ヒットマンとか。なにしろ主人公の田辺素直=「おれ」も、娘を嫁にだし、一人ぼっちの憂さを仕事で晴らすしかない昭和ひとけたのワーカホリックだし。彼の境遇は作者その人に重なりそうに思えて、作家という孤独を見たりもするなあ。
 当時は最新であったのが急速にレトロになった風俗がある。たとえばポケベルだし、フィルムを使うカメラだし、監視カメラの映像を収録するビデオテープだし。このあたりの電子機器が20年もたたずにすたれるなどとは思いもよらなかっただろう。あと20年後にこのホテル・ディックシリーズを書籍化するときには、これらの機器は写真と解説が必須になるだろう。