odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

クシシトフ・ポミアン「ヨーロッパとは何か」(平凡社ライブラリ)-3

 続いて、フランス革命以後の国民国家(ネーション―ステート)の概説。

・ネーション(国民)は6個の要因が作用して生まれた結果であるとする。

1)住民および外国人の眼に国を体現していると見え、聖化されて忠誠な執着の対象になり、共同体のアイデンティティ感情を結晶化している君主一族がある。
2)独自の階層構造、伝統、象徴、組織的な暴力と強制力の使用、臣下の管理様式をもつ官僚・軍隊組織としての国家(ステイト)がある。
3)都市や州といった境域集団があり、国家のある種の特権は住民一般ないし選出機関に属し、共同体のアイデンティティ感情は、個人ではなく社会生活の慣習形式を中心に固められる。
4)文芸・学問・芸術を含む文化的諸制度とエリートの存在がある。彼らは、集団的な記憶、想像世界、言語を共有するという感覚、領土、過去と将来に関する持続的な客観化された土台を産出する。
5)宗教の制度・権力がある。
6)ネーション(国民)自体ないし国民の構成要素で、それは部族の段階からすでに外部と制度の圧力に抵抗し、ときには主導権を握り、それゆえ自らの歴史の受動的な対象であるばかりか、共同の創造者となる人々の存在に他ならない(P225-226)

・ネーションは他の部族やネーションと対抗したり協調することで生まれていく。ネーションの組織化は「国家」によって行われていき、複数のネーションの対立は複数の国家の成立にいたる。国家(ステート)は、内部の階層構造を水平化するようにしたり、人権や自由を認めるようにした。そのようにして国家(ステート)は国民(ネーション)を垂直的に統合するが、官僚制や民主主義は官僚や選挙政治家などにゆだねられるようになり、国民(ネーション)が国家(ステート)の運営に関する影響力を失わせていった(P228)。ここの指摘はすごく刺激的。なるほど、ネーションとステートの関係は単純ではないのね。国民(ネーション)は民族主義の感情を満足するけど、政治的な権力はない。ステートはネーションのエリートで運営されて、国民の影響力を失わせるように働くんだ。だから、ロックのように抵抗権をわざわざ設定しないといけなくなる。エリートや官僚にはそういう権利を明記しなくても、国家を自在に改変できるものなあ。

・19世紀の民族国家は比較的安定した状態を作れた。長期にわたる戦争・紛争はなく、短期間で終了し、かわりに外交が国家間の利害調整の役を持つようになる。しかし、軍拡競争が進み軍人の権威と権力が大きくなったこと、民族イデオロギーが強化され、国家の利害が個人の利害と同じであると思われるようになってきた。紛争は次第に深刻になる。あと19世紀後期からアメリカ、ロシア、日本などが強国の仲間入りをして、ヨーロッパだけで政治や紛争の決着がつけられないようになる。
※ 「遅れた」国がネーションを発見するドキュメンタリーといえるのが、中江兆民「三酔人経綸問答」(岩波文庫)マハトマ・ガーンディー「真の独立への道」(岩波文庫)。

産業革命は、ヨーロッパの北西部と炭鉱地帯に工業地帯を作り、そこに都市が形成される。農村の生産性が停滞したので過剰人口は都市に流入した。移動した人は土地、伝統、共同体、部族などから切り離された新たな階層を形成する(ここで身分が消失し、階層が生まれる)。彼らの生活の厳しさと国家の運営に関与できないことが国内を不安定にし、国家はそれまでの強権体制・権威主義政治から民主制・代議制による政治参与と社会民主主義の政策をとることを余儀なくさせた。政治家は貴族や僧侶などの身分から、選挙民の人気取りが必要な不安定な職分になる(ウェーバー「職業としての政治」はそのような変化を表しているのだろう)。それらの政策などを通じて国家は国民を垂直に統合する。それはヨーロッパを分裂させることになる。

・19世紀後半には、国民国家が完成。国内では排外主義と愛国主義が優勢になり、国外では植民地の争奪が行われる。ヨーロッパ以外の強国も競争に参加。一方、文芸、学問、科学ではヨーロッパの統合は維持され、異なる民族の人々が同じ作品を観賞するようになった。20世紀初頭には、自然主義ロマン主義も排除した新しい文化潮流が生まれる。

国民国家の競合は第一次世界大戦という総力戦に至る。その結果、民主主義、法治主義、資本主義に対する不信がおき、克服の方法として急進的民族主義と革命的社会主義がそれぞれ政権をもつ。出自の異なる二つの考えは共通点を持っていた。民主主義に対する全体主義法治主義に対する監視社会、資本主義に対する計画経済、なによりも暴力の愛好。

・20世紀の後半は第一次大戦の遺産を清算することと、19世紀の植民地政策を精算することになった。また、ヨーロッパの文化、風習、習慣などが統合化された。21世紀のECは三度目のヨーロッパ統合のきっかけになるかもしれないし、世界的な平準化によって国家(ネーション)の消滅に至るかもしれない。1990年当時の著者の考え。


 ネーションとステートとの関係が興味深い。ステートは税の徴収と再分配を行ない、法を定めて執行するところ。その運営を王と顧問官が行うにしろ、貴族が行うにしろ、代議士と官僚が行うにしろ、庶民(民衆、市民)はその運営から除外されている。庶民の意思は代議士の選挙のときにしか反映することができない。その点では、市民や庶民は国家によって「疎外」されているといえるだろう。
※ 市民が政治に直接参加するには、暴動・蜂起するしかなかったといえる。笠井潔「群衆の悪魔」マルクス「共産党宣言」など。疎外についてはマルクス/エンゲルス「ドイツ・イデオロギー」を参照。
 とはいえ、国家はレーニンのいうように官僚制と常備軍を使って、諸階級の対立を和解させないような強権的・権威的な仕組み(「国家と革命」)なのかというとそうではない。時折噴出する民衆の不満(請願、陳情、デモ、暴動、ストライキなど)は、議会を開設したり、階級の代表を議員にしたり、政策に社会民主主義を取り入れることになったし、公共サービスを充実させ、資産の分配が公正かどうかを監視する仕組みを取り入れている。まあ、「革命」でもって暴力的に国家を変えなくとも、国家の役割を変更することは可能になってきたというのが、ヨーロッパの歴史から見ることができるというのは希望のひとつかな。
 20世紀の後半からヨーロッパはEUに統合しようという政策をとるようになった。数回目の統合の開始である。いままでの統合と異なるのは、宗教的・文化的な統合ではなくて、政治的・経済的なところ。そこでは、ネーションを統合しようという意思は働いていない。むしろネーションの差異は強調しようとする考えになっている。これは梶田孝道「統合と分裂のヨーロッパ」(岩波新書)の指摘だったと思うが、それまで西洋(イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、スペインなど)は国内に分離独立を要求する地域を抱えていて、政治的不安定の原因になっていた。北アイルランドカタルーニャバスク地方などなど。EUができてステートの権限が小さくなり、地方自治の権限が広くなっていくと、これらの分離独立の要求が収まっていくことになるという。ネーションとステートの関係が変わることによって、マイノリティの不満がなくなるのだろう。旧ユーゴスラヴィアの内戦のあと、とりあえず平穏になっているのはネーションとステートの関係を再構築する過程にあるからだろう。イギリスやフランスはその種の内戦を数百年前に経験しているから問題を拡大しないで解決できるようになっている。ネーションの感情の成熟があるのであって(もちろん経済的な安定が必要)、時間をかけることによってすこしはましな世界になっていくと期待したい。
 ではそのような統合がアジアで可能かどうかという疑問がわく。アジアにも政治的・経済的な統合が生まれることが、そこに住む人々の利便を高めるだろうというのが自分の希望。ただそうなるには、アジアの人々のネーションとステートの関係が複雑で、感情的な対立を解消するまでにはいたっていない。つねにひとつの大帝国があったという紀元前以来の歴史も、統合を阻む。難しい。まあ、いいや。イギリスだって、イングランドウェールズスコットランドアイルランドのネーションと、カソリックプロテスタントその他の宗教が絡む複雑な係争、内戦を数百年続けてきたのだ。自分の生きている時間ではみることはできないだろうが、そうなってほしいなあ。それはイスラム圏や中南米などの場所でも同様。
2013/12/03