odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

土田直鎮「日本の歴史05 王朝の貴族」( 中公文庫)-2  とてつもないエリートの王朝貴族は(儀式と会議と宴会で)つらいよ。漢文和歌は必須で、日記は一族の重要な資産。

  前回読んだのを読み直し。


 いわゆる平安時代は800年ごろから1200年ごろまでの400年間続く。さらに3つの期(前期・中期・後期)にわけるようだ。この本で扱っている966-1068年はほぼ中期にあたり、平安文化の最盛期とみていいのではないかしら。すなわち8世紀ころの律令制とか荘園制が全国的に普及し、宮廷に滞りなく納品される仕組みができている。もちろん地方の叛乱はあったが、何度かの東北地方遠征や平将門藤原純友の乱を叩き潰したことで、この本の記述の間はほぼ平穏な時代。唐との交流も900年までには終了して、文化的には鎖国状態。そういう状態だったから、京都の宮廷にいる数千人(数字いいかげん)の貴族とその関係者は、だれもが互いを知っている閉鎖された空間の中で、密度の濃い人間関係で生きていた。日記、物語などは人に読まれる前提で書かれ、和歌は交流術の最も重要なスキルであるとすると、おのずと技巧が発展し、繊細な描写になるのである。一方で、家柄と出自でほぼ人生が決定し、生き方の選択肢が少ないとなると、競争が熾烈であり、足の引っ張り合いや派閥抗争が盛んになる。連日、儀式と会議と宴席が続き、どれに出席するかで、出世の道が決まり、和歌や蹴鞠などのたしなみごとが不得手であるとなると、どれも苦痛にほかならない。競争から脱落すると出家するほかない。狭い社会であればこそ、貴族の生活もまた悩みはあるのであり、「源氏物語」のような優雅で風流で退屈な日々というのはないのである(のちの時代であるが、下級貴族の悲哀は藤原定家鴨長明などの日記や覚書に詳しい)。

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 当時のトップは藤原道長。政治力に優れ、さまざまなライバルとの競争に勝ち、左大臣となったうえ、天皇との姻戚関係を持つまでに至る。彼の意向で時代の天皇が決まるまでに至る。奇妙と思うのは、それだけの権力を持ったにもかかわらず、天皇を排斥し、自分が天皇にならないこと。気に入らない人物であっても、天皇を脅かすことはしない(陰に回っての嫌がらせはしたようであるが)。ここが日本の権力機構の奇妙なところで、西洋や中東や中国の帝国では皇帝や王侯をクーデターや内乱で打倒し、追い出し、自身がそれに代わってトップにつくのに。この国ではそのようにならない。平安時代以後に、幕府という中央集権機関は何度か武力で打倒されたが、それにおいても天皇にはアンタッチャブル。逆に、自身が天皇になり替わるとうそぶくような勢力はことごとく打倒される。不思議。
 この本では宮廷の儀式や会議の様子が詳述されるが、合議であっても多数決はなく、会議での結論は上位の官職者によって覆される。最終的な決裁と人事は天皇の裁可によらねばならず、とはいえ天皇の主張通りに決めることもままならない。貴族はいくつかのグループにわかれて、内部でも駆け引きや足の引っ張り合いがあるようであるが、ライバルグループの勢力や権力の拡大には団結して対抗する。儀式も会議も前例主義で、形式が重んじされ、決裁までの過程が重要であり、失敗したときには個人が処罰される。まあ、この国の議会や企業のコンプライアンスを見るよう。1000年前の組織運営がいまだにこの国の組織運営と変わらないところに、ため息をついてしまう。
 うちにこもって身内ばかりのところで政治(おもには儀式と人事)をやっているものだから、地方の荘園の管理はうまくいかなくなる。昔は中央から送った官吏の権限が強くて従っていたが、2-3世紀もたつと、地元の有力者が言うことをきかなくなる。そうすると、有力者を手なずけるにしろ別のものに変えるにしろ、武力を持った有力者と懐柔しないといけないわけで、そこに「武士」が誕生する素地が生まれる。その武士が荘園制と貴族の支配を打倒するに決意するまでには、このあと150年かかるわけで、古代から中世の時代の時間の流れ(というか人生の中ではほぼ変化が起こらない)は今の感覚からは理解しがたい。

〈参考エントリー:武士の発生〉

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 風俗の違いで面白いところ(京都の貴族に限ることかもしれない)。
・男は漢詩文、女はかな文字。
・結婚したら男は妻の家に住む(一夫多妻が多かったので、渡り歩いたらしい)。
・貴族の評価は儀式の企画と采配のうまさで決まるところが多い(荘園経営で多くの資産を持っていることも必須。儀式の費用は采配する貴族が個人負担するので)。
・そのために儀式の式次第や衣服、食事などの細目を記録した日記が重要な資産になる。
・儀式が多かったのは、怨霊や祟りを恐れる思想や精神による。もともと定例の宮廷祭儀は多かった。そのうえ死者が出るとか、疫病が流行るとか、天候不順があるとかで、儀式を臨時で行う。前例主義なので、数十年前の記録を引っ張り出すこともあった。
・貴族は治安維持に関心を持たなかったので、盗賊や乱闘が頻発(貴族の従者がたくさん参加していた)。治安は乱れていた。

(追記。平安末期の12世紀の列島は、寒冷期が訪れて不作と自然災害が続いていた。治安が乱れた理由。)

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・そこから浄土や末法思想が普及。

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 上のような朝廷の衰退と地方の割拠は、ローマ帝国の「崩壊」と重ねるとわかりやすそう。下記書を読んだときの自分のまとめから引用。
増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)-1
ローマでは個別的具体的な権限内容を持つ契約関係の集積であり、地域的支配権ではない(東洋などの帝国とは異なる)。それが3世紀に東洋の国家観が入り、帝国の形態が変わる。皇帝と官僚の権限の強化の領域国家に変貌する。収税を目的にしたコレギウムが強制的に作られ人々は管理と監視の対象になる。そこに格差の拡大、職業の世襲化、貨幣流通の減少などが加わり、社会が沈滞。それを嫌う貴族は年を出て田舎に出て荘園のような家の経済体制に移る。都市と帝国の衰退になり、そこにゲルマン民族が侵入する。
ローマの帝国、あるいはギリシャ都市国家は沿海にできて海上貿易で理を得るところだったので、内陸との関係が薄かった。古代は人口密度が低く、ローマ盛時でも15人/㎞^2.なので市場が形成されず、技術発展の意欲に乏しかった。
増田四郎「ヨーロッパとは何か」(岩波新書)-2 1967年
古代(ローマ帝国)の「滅亡」の理由は、1.家政論であって(国家)経済学がない、経済政策がない、2.奴隷制の生産性の低さ、3.人口密度の低さ(同時代の東洋やビザンツと比較)による技術発展や市場がなかったこと、4.奴隷源の枯渇(小作農へ。社会基盤の喪失)。ゲルマン民族は長い接触の歴史があり、「侵入」はローマの法や慣習に則った土地の分与として行われた。

 

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