odd_hatchの読書ノート

エントリーは3000を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2023/9/21

東野圭吾「超・殺人事件 推理作家の苦悩」(新潮文庫) 作者と読者が小説内存在にされると可能になる「トリック」集成

 2001年の作。推理作家が推理小説を書いている、あるいは読者が推理小説を読んでいると、さまざまなトラブルと誘惑とアドバイスがやってくる。その先にある売れ行きと賞賛の期待ないし落胆。推理作家はほんと、つらいよ。

超税金対策殺人事件 ・・・ 大いに売れて流行作家になったが、12月に確定申告の準備をしていると、所得税と住民税の試算結果に目を回す。今年の旅行や趣味の購入品その他を経費にするために、連載中の小説に手を入れることにした。(気になるのは小説家が持ち出す領収書の額と、額を聞いてぶったおれるほどの税金が合わないこと。あの程度の金額しか使っていないのなら、手元には金は残っているんじゃない。株に代えたとしても売却すれば、現金になるし。)

超理系殺人事件 ・・・ タイトルのミステリを読んでいる。「量子力学、宇宙物理学、生物学、医学、遺伝子工学」などの理系分野を網羅した内容。難解な用語と説明に難渋しながら読んでいると・・・。枠物語の地と図が反転する離れ業。とはいえ、作中の理系の解説はでたらめか通俗的なので、俺は笑いながら読んだのだが、この場合どうなるのかな。

超犯人当て小説殺人事件(問題篇・解決篇) ・・・ 最近作品を発表しない大家が編集者を呼び、犯人あて小説を配り、犯人をあてたものに最新長編を渡すといいだした。編集者はとくにてがかりのない小説を読みだす、という小説を読んでいるという小説を読んで・・・。入れ子になった枠物語。圧縮された竹本健治「匣の中の失楽」(講談社文庫)の趣き。

高齢化社会殺人事件 ・・・ 齢90歳の作家が書く探偵小説。筋が混乱し、登場人物が錯綜している。どうやって書き直そう、と齢70歳の編集者が悩む。高齢化も恐ろしいが、日本の推理小説が紋切り型の寄せ集めでできていて、読者もそれでよいとみなしているところも恐ろしい。

超予告小説殺人事件 ・・・ 売れない作家が誰も読まないような長編の連載を開始した。すると、小説と同じ事件が起こる。それが数回続くと、がぜんとマスコミが騒ぎ出し、本も売れ出した。そこに犯人から電話がかかり、俺の言う通りの事件を小説にしろという。

超長編小説殺人事件 ・・・ 800枚書いてやれやれと思ったら、編集者にもっと枚数を増やせと尻を叩かれる。どういう本が出来上がるのか。

魔風館殺人事件(超最終回・ラスト五枚) ・・・ 編集者に言われるままに書いてきた長編。結末をつけなければならないが、どうすればよいかわからない。

超読書機械殺人事件 ・・・ 忙しすぎる書評家に「ショヒョックス」というマシンを売りつけに来た。小説を読ませると、あらすじや書評を自動生成する。味付けも5段階つけられる。しめしめと思ったが、ライバルも使っていることがわかり困る。そこにパーソナライズする機器をも売りつけに来た。2001年の作だから、ワープロみたいな機能。1950年代には同じような自動文章生成機械に誘惑・翻弄される作家の小説をフレドリック・ブラウンロアルド・ダールが書いている。そこでは作家という職業の滅亡はファンタジーだったが、21世紀の20年代には創作支援ソフトもだいぶ充実してきたときくので、作家は機械(AI)によって駆逐される職業となるのかも。そろそろ切実な問題になりそうだねえ。ああ、それより先に「読者」がいなくなるかも。
2015/11/18 フレドリック・ブラウン「ブラウン傑作集」(サンリオSF文庫)
2012/12/14 ロアルド・ダール「あなたに似た人」(ハヤカワ文庫)

 

 いずれにも「超」の文字がつけられているが、これは「メタ」をあらわしたものだと考えよう。通常の推理小説があるだけではなく、書くことと読むことという一つ上のレベルが登場する。作家と読者が小説内存在として登場し、小説の内部との交通が行われる。そこにトリックというか仕掛けをほどこす。作家と編集者の内幕暴露か楽屋落ちがほとんどなのだが、「超理系殺人事件」と「超犯人当て小説殺人事件(問題篇・解決篇)」は冴えた解答だった。
<参考エントリー>
 山口雅也「続・日本殺人事件」(創元推理文庫) 1997年
2022/11/11 深水黎一郎「言霊たちの反乱」(講談社文庫) 2015年
 とはいえ、着想は面白いのだが、どうも記憶に残らない。理由はたぶんキャラクターがどれも同じようなものだから、と思い至った。似たようなドタバタや楽屋落ちを筒井康隆がよく書いていて、そちらは記憶に残る。筒井はフロイトあたりに触発されて人間類型をいろいろコレクションしてきた。それを小説のキャラクターに当てはめて、誇張させて、キャラの違いを際立たせることができた(ときには人間類型を順番に紹介するだけで短編・連作短編を書いた)。この作家にはキャラのストックが少ないので、細部が平たんになってしまうのだよなあ。

 

東野圭吾「超・殺人事件 推理作家の苦悩」(新潮文庫

https://www.amazon.co.jp/dp/4041090075