odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

諏訪内晶子「ヴァイオリンと翔る」(NHKライブラリ) 演奏家になるためのレールはほとんどしかれている時代のサクセスストーリー

世界をステージに駈ける諏訪内晶子は3歳からヴァイオリンを始めた。18歳のとき、最年少でチャイコフスキー国際コンクールで優勝、さらなるヴァイオリンの音を求めて、ニューヨークへ留学。ジュリアード音楽院本科・修士課程卒業、コロンビア大学、国立ベルリン芸術大学においても学んだ。自らの音楽と生き方を考察する。今、世界が注目するヴァイオリニストの繊細な心模様。
http://www.amazon.co.jp/dp/4140841125

 彼女はどこのコンクールで優勝したのだっけ(いろいろあるけど名を高めたのは1990年のチャイコフスキー国際コンクールだった)。読んでから時間がたってしまったので、そういう基礎情報を忘れてしまった。最近はあまりCDショップに行かないのでよくわからないのだが、90年代後半には、彼女のCDはたくさんでていて、なかなかキュートなジャケット写真を前面に出して、よいプロモーションが行われていた。CDが売れたかどうかはしらないが。
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 これは、彼女の半生をまとめたものであるのだが、当時彼女は20代の後半あたりではなかったか。その年齢で回顧する半生というのはいったいどういうものなのだろう。これがカザルスやタレガのような19世紀生まれの演奏家であると、結構壮絶な子供時代を送っていて興味深くなるのだけれども、20世紀の後半に生まれた演奏家であると、演奏家になるためのレールはほとんどしかれていて、あまり興味のあるものにはならない。幼児のころにみせた才能、音楽に理解のある両親、高額なレッスンを受ける費用を捻出できる裕福な家庭、素質を見抜いた優れた教師、複数のコンクールに参加、コンクールに優勝、プロモータがついて世界ツアーを開始。そういう流れの物語になってしまう。それは彼女個人には重要なことであるのだろうけれど、あまりにそのような物語をたくさん読んできたわがままな読者にとっては退屈極まりないということになる(マンガやアニメの「のだめカンタービレ」もユーモアやギャグを除くと、こういうストーリーラインを踏襲している)。
 音楽のことを文章にするというのは難しいことなのであるが、やはり演奏家だけあって、考えているところはいろいろあるのだろう。音楽のことを批評家やレコード評論家とは別の言葉で伝えることができる。それでも演奏の秘訣そのもの、極意のようなところ、あるいは解釈になってくると、言葉を使うことができなくなる。それはしかたがないことだ。
 面白かったのは、誰かの作曲家のところにいって、彼のバイオリンソナタについて作曲者の綿密な解釈を聞いてきたというところだった。楽譜を整備し、作曲者の解釈についてきちんと記録を残せるシステムを作ったにもかかわらず、説明しきれないことが音楽に残るのだ。その作曲者のバイオリンソナタを諏訪内の演奏で聞きたいものだが、まだ録音がないらしい。
(読み直したら、アルバン・ベルクに師事したルイス・スタイナー氏のところにいき、作曲者のバイオリン協奏曲を勉強したとのこと。)