odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

石井宏「帝王から音楽マフィアまで」(学研M文庫)

 著者は音楽学者ということだが、ここでは1990年バブル時代のクラシック音楽業界の裏話を語っている。槍玉にあがっているのは、カラヤンホロヴィッツ。演奏の内容に関する批判は少なくて(でも下記の非難のあとに返す刀でぶった切っている)、むしろマネジメントやチケット代のこと。彼らは海外公演のごとに法外なマネジメント料を要求し、それがチケット代に跳ね返っている。ホロヴィッツの最初の日本公演は1983年のことで、そのときNHKホールのS席は5万円だった。またカラヤンがアジア公演を行ったとき、招聘会社がTV局だったので、事前に自社で作成したフィルムの放送を要求。その一方、大阪フェスティバルホールでの会場収録は拒否(のちに「カラヤン」風に録画することを条件にOKがでる。没後の記念番組で放送されたが、どのようなホールなのかさっぱりわからないという奇怪な映像だった)。
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そのようにして、彼らは儲ける。この二人の「巨匠」に限った話ではなく、多くのスター指揮者、演奏家はおおむねこうしたものだという。戦後になって、クラシック音楽界は巨大なビジネスとなった。それはレコード、メディアの発達により聴取者が飛躍的に増えたこと、それが西洋社会以外に生まれたこと、多くの聴取者は完璧な録音による演奏とメディアのマーケティング戦略により地元の演奏家よりもレコードなどで知っているスターを好むようになったこと、移動機関ができたことによりスターが地球上どこにでも簡単にいけるようになったこと。このあたりを原因にしている。そして著者はこのような状況を生み出した元凶として、指揮者・演奏家のマネジメント会社大手であるコロンビア・アーティスト(CAMI)を弾劾している。
 もちろんこのようなスターにならない演奏家もいて、その話は上記のような泥臭い中での清涼剤。
 クラシック音楽は、経済に先駆けてグローバル化を進めてきた。もしかしたらロックよりも早く行われていたのかもしれない(さきがけは優秀な演奏家を引き抜いて作ったNBC交響楽団で、のちにカラヤン統治下のベルリン・フィルがそうなった)。そのことによってクラシック音楽は、それが生まれた土地との関係を失っていった。国際化あるいはグローバリゼーションは、どこでも同じ品質の音楽を聴くことを可能にした。しかし、聴取者であるわれわれ、少なくとも自分はその土地と密接につながった演奏を好ましく思うし、そういう演奏を聴きたいと思う。たとえば伊福部昭の音楽は日本のオーケストラでないと「らしく」ならない、海外オーケストラはうまいが「こく」がないと思ってしまう。それは武満徹でも同じ。
 おそらくCAMIがマネジメントから離れたとしても、チケット代は多少安くなり、演奏家の傲慢(裏返すと西洋人のアジア人蔑視)は矯正されるかもしれない。にもかかわらず、いったん土地(トポス)から切り離された音楽がもう一度トポスとの関係を持つことはないだろう。いずれにしろ、クラシック音楽は録音メディアができたときから破滅に向かっていくことになったのだ。われわれはクラシック音楽の最後の残照を聞いて、見ているのだと思っている。そしていったん滅んだ後に再びよみがえるときがあるかもしれないが、それは今の「クラシック音楽」とは異なるものだろう。それこそ考証によって再現された「古楽」と同じものになるだろう(今の「古楽」演奏からはトポスへの共感というのはまず感じられないからね)。
 あと、本職のモーツァルト研究が面白かった。最後の作品は「レクイエム」ではなくホルン協奏曲第2番であるとか、モーツァルトとコンスタンツェとジェスマイヤーの三角関係とか。
 この人は癇癪もちで気に入らないことに本気で怒っている。でも、その怒りの元になるモラルがどこにあるかわからない。たんなる頑固爺さんの愚痴のように読めてしまえる。そこがこの本は衝撃にはなっても、改革にはならない(著者が神輿にのることがない)理由のように思う。バブル後、オーケストラやオペラハウスの公演回数は減り、チケット代は少しは安くなったが、そう簡単に入手したいと思うところまでは来ていない(と2002/01/23に書いたが、現在はどうなっているのかしら)。

<追記> 2020/8/31
ニューヨーク発 〓 音楽マネージメント大手コロンビア・アーティスツが経営破綻

かつて世界最強の音楽事務所と知られたコロンビア・アーティスツ(Columbia Artists Management, Inc.)が31日付で経営破綻した。コロナ禍の直撃を受けた格好。負債総額などは明らかにされていない。
通称「CAMI」の創設は1930年。カーネギーホールのすぐ近くに事務所を構え、2015年に亡くなったロナルド・ウイルフォードが1970年代からオーケストラの音楽監督を斡旋する路線を採用して急成長、ウィルフォードは「指揮者を指揮する男」とまで呼ばれた。
一時はヘルベルト・フォン・カラヤン以下、クラウディオ・アバドリッカルド・ムーティ小澤征爾といった指揮者、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチマウリツィオ・ポリーニホセ・カレーラスらスター演奏家のほとんどのマネージメントを手掛けていた。

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