odd_hatchの読書ノート

エントリーは3200を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2024/11/5

神山典士「借金をチャラにする」(講談社+α文庫) 1990年代の銀行がやった貸しはがし。以後、企業は銀行を信用しなくなり、内部留保をためるようになった。

 文庫書き下ろし。銀行の不良債権処理について、当初の予定よりも遅れが出ていることが問題になった2000年前後の事例で、中小企業の債務支払いを取り上げている。
 1990年の直前、日本の土地・建物などの固定資産の評価額が非常に高まった。株価も高くなり、金融機関が一時保有する貨幣量が非常に大きくなった。蓄積された貨幣の投資先を求めることになった。金融機関は投資先を開発するに当たり、適切な審査を経て投資・融資するのではなく、わずかな土地や建物を持っているだけという理由で勝手に資金の貸付を行った。まずここに最初のモラルハザードがある。そのときは好況かつインフレであったので、貸付利率は高く設定されていた。それがバブルが破綻し、不況が訪れる。企業の業績が悪化し、借入金の返済が滞る。担保にしていた土地や建物の資産価値が急落したために、それらを売却しても貸付金にはまったく満たない(というより、それらの売買ができなくなっていた)。公定歩合は低落したが、返済利息は変わらなかった。それから数年後、不良債権処理が遅々としていたので、金融機関の処理を急がせる指示があった。そこで起きたのは、中小企業に対する長期貸付金を突如引き上げることだった。新たな融資に切り替えるという名目で引き上げた後、担当者を入れ替えて新規融資に応じない。2番目のモラルハザード。その結果、資金繰りに窮して、多くの中小企業の倒産が起こる。とりあえず銀行の不良債権は2004年度の決算でほぼ処理できたようだ。しかし、乱脈経営で行き詰っている銀行が公的資金を受けて維持された一方、倒産した企業のオーナーは連帯保証制度のために個人で借金を背負うことになっている。3番目のモラルハザード
 著者は、このような借金を金融機関のいうがままに返済することはない、多くの手法によって返済額を減少したり、そのものをなくしたりすることができるとする。そして、欧米などでは、倒産しても恥じるものではない、また制度上オーナーの債務は制限が設けられている、次回の起業に挑戦する制度が設けられていることを紹介する。日本ではまだそのような事態にはいたっていないので、法制度・金融機関の改革・民間の支援体制整備などが必要であるとする。著者がレポートしたような企業の再建や個人の過度な返済調整などは、なかなか表面に現れることがなかったので、このような廉価な形で知らされることは有用である。この種の問題で苦しんでいる人や経営者には読んでほしい。この国では借金を全額返済することが当然とされる状況であるのだから。
 とはいうものの、経済主体としては個人も法人も同じであるとはいえ、経営という視点からすればこの両者はきっちりと区別してほしかった。終身雇用や勤続年数に応じて上昇する給与体系などこれまでの雇用形態が崩れ、年金や健康保険の破綻がうわさされ国による救済制度が今後なくなる可能性があるときに、著者の提唱するのが「居為し」というのでは不十分にすぎる。とくに法人経営については、返済不能になるほどの借金を負う前に経営者にできることはたくさんあるのだし、その従業員にもできることが多々あるからだ。
 「居為し」という考えで収入増あるいは資産増加を目的とする生活態度から別の価値体系に依拠する生活に変化することも重要なことではある。でも、会社という共同体に所属して生計を立てる生き方を選択する人がほとんどであるから、それを前提として現在の変化する状況でどうするかということを考える必要があると思う。
2005/10/06