odd_hatchの読書ノート

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押井守「獣たちの夜」(角川文庫)

 あの「ビューテュフル・ドリーマー」の、「パトレイバー」の、「天使のたまご」の、「ケルベロス」の監督をした押井守氏の小説作品である。吸血鬼を扱った小説は欧米でひとつのジャンルになるほど書かれている。数は少ないが(あるいは知らないだけであろうが)、日本でもいくつか書かれている。しかし、著者の書いた小説は類書とは少なからず異にしているようだ。
 これを読んでいる間に似たような本を読んだあると思い、気がついたのはコリン・ウィルソン「宇宙ヴァンパイアー」(新潮文庫)。どちらの場合も、主人公は半ばあたりで智謀に優れた人物と邂逅し、長い長い話を聴くことになる。それは、途方もなく巨大なスケールと時間を持った話であり、長い間人類の前に秘匿されていたものだった。それを聴くことにより、未熟な主人公は自分の行動の意義を理解し、次の冒険への足がかりにする。このようなシチュエーションはウィルソンの場合も同様。異なるところがあるとすれば、ウィルソンは吸血鬼とそれを成り立たしめる宇宙論的説明に未来と希望をもっていて、事態にはひどく楽観的であるのだが、押井氏の場合は人類の過去の知的営為がいかに恣意的で、暴力的であるかを暴き立てることに熱中しているので、主人公は猜疑と絶望に打ち沈んでいくということだ。
 もうひとつの特徴は、主人公の高校生は事態あるいは事件の全貌を掌握することができず、それゆえに事態を解決するすべを持たないまま事態に向かうこと。彼らの前から「真犯人」はするりと逃げてしまい、彼らは心にひどい傷をもつことになるのだ。主人公たちには、真実が少量ずつしか与えられず、行動における挫折を経験せざるを得ない。さらには上記のような悲惨な世界観をもたなければならなくなる。思い返せば、押井氏の作品の主人公はほとんどの場合、未熟で粗暴であり、知的な訓練を受けていないという共通の特徴を持っている。主人公たちが、より高齢のものから知恵を授かり(この小説では饒舌な講義を聴く)、自己の卑小さを得心しながら、挫折しつつの成長をしていくということでは、トーマス・マン魔の山」のハンス・カストルプ青年と同じ。
 この作品は、実は教養小説であるのだ。
 ただ、映像作品と違って、小説作品では著者は構成に配慮するということをしない。物語をとめて長い長い講義を聞かせる。それによる停滞は、小説の面白さを無くしているのであって(そういう饒舌や講義が面白い場合もあるが、著者にはそれを読ませる技量はないようだ)、問題作ではあっても、成功作ではない。
 ああ、舞台となる1969年当時の高校生による反権力闘争の描写は、リアルというよりもアクション小説(笠井潔「ヴァンパイアー戦争」)を思い起こさせ、その当時の闘争の日常風景は真崎守「共犯幻想」のほうがリアルであった。

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 1969年。高校生闘争(いったいなにを題目にした闘争なのだか)の参加している高校生が、4月28日のデモに参加(この日は月曜日。たぶん大規模デモは東京にはなかったのではないか)。そこで機動隊に蹴散らされ、逃げた先でセーラー服の女子高生が日本刀をもって殺戮するのを目撃する。彼らのもとに公安なのか警部課なのかわからない刑事(「パトレイバー」の後藤隊長に似ている)と共闘することにする。彼ら高校生反戦の一人が所属する党派の高校生がひとりずつ殺害されているらしいから。小説の半分以上は、狩猟仮説(まあ、人間の祖先は同種ないし同類のサルを殺し食うことによって人間になっていった。そのとき、人類の血を吸うことで寄生生物になった別種の哺乳類がいたんだよ、ということ)に関する言説と、人間と動物の差異に関する言説(人間と動物が同じとすると人間は動物に対して「反自然」的な存在であるが、人間と動物は別であるとすると人間の動物殺戮と食料化は合理的ということになる。それをとりあえずようやく理論化できたのはダーウィンの進化論だ、という考え)。この長々しさに耐えられるかで、この小説を楽しめるかどうかがきまる。自分はまあ、楽しいとは思ったぞ。
 モチーフは、セーラー服の女子高生が日本刀を振るうという風景。まあ、「スケバン刑事」とか「やじきた学園道中記」の再来だ。昔は学ランをきたヒーローが権力と対峙するというのがいろいろあって、「ハリスの旋風」とか「愛と誠」とか「男組」なんか。反体制がなんで体制への従順をしめす学ランを着るのかという倒錯がこの種の作品のおもしろさだったのかしら。それを女性に振り替えて、倒錯にさらにフェティシズムを加えたのが、この作品の面白さ?なのかしら。この小説では「音無小夜」の内面は書かれなかったが、アニメ「blood+」では主題になった。(2010/02/21)