1970年半ばに現代教養文庫が戦前の異色作家の傑作選を出した。小栗虫太郎、夢野久作、久生十蘭、谷譲次ら。自分はこの中で小栗を選び、全5冊を購入した。そのあとに戦後の異色作家選をだし、橘外男、山田風太郎、香山滋が選ばれた。自分はこの中で香山を選び、2冊購入した。
香山滋は1905年生まれ1975年没。戦前戦中は役人をしていて、1947年「オラン・ペンデクの復讐」でデビュー。作家活動は1960年くらいまで。自分にとっては、「ゴジラ」の原案者ということで懐かしい(いや、後で「ゴジラ」の原案者であると知り驚いた)。
オラン・ペンデクの復讐1947 ・・・ 戦時中にスマトラ島密林の調査をしていた人類学者・宮川博士は世紀の大発見を記者会見で披露する。すなわち、第4の人類であるオラン・ペンデクである(オランは人、ペンデクは小さいの意)。会見の最中、博士は急死。博士の体には、オラン・ペンデクの特徴である口腔内の鰓があった。その後、博士の助手で博士の娘の妻となった石上学士は博士の陰謀を暴露。しかし、直後に失踪し、一年後にスマトラ島から手紙が届く。そこに書かれた驚愕の事実。たぶん著者のデビュー作品であるが、この南洋幻想は彼のかかわった東宝特撮・冒険映画に多大な影響を与えた。この小説があるから「ゴジラ」「モスラ」「マタンゴ」「海底軍艦」の南洋秘境冒険の物語が作られた。素人の筆で読みにくいが、それを思わせない熱気がほとばしる。
オラン・ペンデク後日譚1948 ・・・ 失踪した夫・宮川学士を追って、妻・播江はスマトラ島に向かう。オランダの博物学者から半年間、外洋を航海できる帆船を借りることができたのだ。しかし船の持ち主ヨハン・ヘイステル氏は姿を見せず、あるとき、播江は船倉に拉致され、夫そっくりのヘイステル氏と対面する。そのあと、船員の叛乱、オラン・ペンデクの必死の逃避行、モアという原住民の秘密と続く。物語の圧縮ぶりはすさまじく、きちんと展開すれば400枚の大長編になったものを。もったいない。ここでは、播江の心の変わり具合がじっくり書かれている。まあ、男に都合の良いものではあるけど。
オラン・ペンデク射殺事件1954 ・・・ 「オラン・ペンデクの復讐」で軽く触れられた事件を描く。1938年オランダ統治下のスマトラ島で、地方監督官ロック・マーカー氏が猿とおもって殺した個体がオランダの人類学者ほかによって「人類」であると認定され、彼は殺人罪で起訴される。それを嫌い、妻と一緒に逃げたマーカー氏から送られた手紙の驚愕の内容。ドイル「失われた世界」とクライトン「ジュラシック・パーク」をつなぐ秘境冒険譚。
美しき山猫1949 ・・・ キューバ近郊の大山猫島で博物学調査をする南条博士とその美しい秘書ゾーラ。ここに流浪の探検家・人見が参加したことにより惨劇の幕が上がる。普段は清楚でたおやかなゾーラが、ときに妖艶な女に変わり、人見を誘惑する。ゾーラの秘密は使用人クラドが知っているらしいが、彼は時に猟銃を二人の探検家に向けたりもする。ある夜、探検家を全裸で誘惑したのち、高熱で人事不省に。介護するアメリカ人医師は翌朝、惨殺死体で見つかる。人見の苦悩、煩悶と誘惑。この作者は「キャット・ピープル」を見ていたのかしら。
心臓花1950 ・・・ 流浪の探検家・人見の冒険譚。アマゾンの奥地で、人類の心臓がそのまま花になっている怪異に出会う。その直後に、火山の噴火。奔流する炎の中にうごめく最高の存在形態を見出す。炎が至高の形態を人に見せる一方、互いの間では醜悪であるという二面性。美しいファンタジーではあるけど、この作家からはコミュニケーション不全という問題は現れないなあ。
蜥蜴夫人1948 ・・・ 爬虫類研究に専心する支倉博士と退屈する美貌の妻・理沙。そして新婚の広志とマヤの夫婦。理沙と新婚夫婦がホテルのバーで出会う。そして理沙の妖艶さに引き込まれ、新婚夫婦は博士の屋敷に住みこむことになる。理沙は広志とマヤをそれぞれ誘惑し、博士を嫉妬に狂わせる。そしてマヤが浴室で殺された。そこからの憎悪の関係。もったいないなあ。これも400枚くらいの長編になるのに。マッドサイエンティストと退屈する妻、そこを訪れる若い男。この三角関係とマッドサイエンティストの狂気の発明が破滅をもたらすというのは、東宝特撮映画にあったなあ。あと、理沙の誘惑とベッドシーンは日活ロマンポルノにありそうな話。それくらいに、60-70年代の通俗ストーリーの基礎になっている。最後は「アッシャー家の崩壊」だ。
処女水1948 ・・・ 女学校で生徒が博物教室で死んでいた。恐怖刺激による心臓まひと推定された。その教室は新任の教師のもので、オタマジャクシによく似た風貌のため女学生の憎悪の対象となっていた(たぶん外見は指揮者フルトヴェングラーを思い出せばよい。こちらは艶福家であったけど)。で、探偵は新任教師の博物学研究に原因があると調査を開始する。早すぎた「ジェラシック・パーク」。
ネンゴ・ネンゴ1948 ・・・ 食料品の盗難事件が頻発している漁村。担当の老刑事は村はずれの灯台近くにある飯場に住み着いた親子に目をつける。彼らはネンゴ・ネンゴの島から逃げてきたという。怪異はあったのか、彼らは異界の住人か。判然としないうちに急速に暗転。
天牛1948 ・・・ 実験の失敗で顔に傷を負った博士。美貌の妻に不倫をゆるし、しかも男を毎回変えろと命じる。奇妙な生活ののち、ある仮面舞踏会のあと、妻は博士と対峙する。ここでも歪んだ愛憎劇が繰り広げられる。いささか大仰なのだが。
2013/05/08 香山滋「幼蝶記」(現代教養文庫)
この人を見出したのは乱歩であるけど、探偵小説のひとではない。そういう要素も少しはある秘境冒険小説作家。戦前の押川春浪、山中峰太郎、小栗虫太郎、海野十三の次に来た人。でも、その次がいなくて、ようやく21世紀に田中啓文「UMAハンター 馬子」、山本弘「MM9」などで復活したのかな。
この人の特徴は
1.博物学趣味: なかなか本格的で、地理にも生物にも分類学にも十分な知識を持っていたみたい。面白かったのは、同時にビブリオマニアでもあって、博物学図鑑の古書名も登場するし、重要な登場人物の何人か(「オラン・ペンデク後日譚」の播江、「美しき山猫」ゾーラなど)が博物絵の画家であると設定していること。この設定については、荒俣宏「大博物学時代」「目玉と脳の冒険」「図鑑の博物誌」で18-19世紀の博物学の歴史を知っておくとより興味が増す。
2.男女の三角関係: ほとんどの作品で三角関係のもつれが主題になっている。それも同世代の若者同士で起こるのではなく、「トリスタンとイゾルデ」のように初老の男性と若い妻、若い性に無知な男性の間で起こる。多くの場合は、初老の男性の悲劇になる。これは作家の年齢にも関係するかな。
このふたつが合わさると映画「ゴジラ(1954)」になるわけ。映画でも、山根博士の疑似科学的な博物学が現れたし、芹沢博士・尾形・恵美子の三角関係があり、もっとも年長の芹沢が身を引くことで結末をつけたのだし。なるほど、長編を書かなかった作家が長いものを書くと映画「ゴジラ(1954)」のようになったのだろうと想像できる。
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さて、以下余談。デアゴディスティーニで東宝特撮映画特集全60巻(?)を購入して全部見たわけだ。
「ゴジラ(1954)」「ラドン」「モスラ(1961)」を別格の傑作とすると、自分は、警察アクション映画のような「電送人間」、自然災害を人類の英知を結集して解決する「妖星ゴラス」、老年で孤高のマッドサイエンティストが家族の信頼を回復する「メカゴジラの逆襲」がとりわけ好み。
怪作だけど楽しいのは、のちの経済成長を予感させる企業家と労働者のバイタリティを見せつけ古風な宴会シーンが興味深い「ゴジラの逆襲」、共産ゲリラの登場する南洋アクションコメディの「ゴジラ・エビラ・モスラ南海の大決闘」(田崎潤、天本英世、平田昭彦が一画面におさまる奇蹟的なショットがある)、これがサイケデリックってもんだの「ゴジラ対ヘドラ」の3本。とはいえ、これらのオールナイトの3本立てを見るにはもう体力がない。
ゴジラが強い、いやキングギドラだ、ちがう地球防衛軍だ、とか喧々諤々の議論を特撮オタクはするのであるが、最強はもちろん伊福部昭の音楽。あのマーチが鳴り出したら、もはや敵なし。
「怪獣総進撃」
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「怪獣大戦争」
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「地球防衛軍」
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おまけ
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