odd_hatchの読書ノート

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快楽亭ブラック「明治探偵冒険小説集2」(ちくま文庫) 帰化したイギリス人芸人による明治時代の講談速記。西洋が舞台の犯罪小説が新しかった。

 自分の持っているCDには、1900年に録音された川上音二郎一座とか、1904-5年に録音された歌入りの「軍艦行進曲」などがある。そこに収録されたこの国の人たちの発声とかイントネーションとか抑揚などは、もう21世紀とは全く異なってしまった。たぶん、昭和初期の歌謡曲を現代人は同じ発音と発声で歌うことはできないだろうし、あるいは明治や江戸を実感させる時代劇映像というのも昭和20年以前のフィルムでしかみることはできないだろう。
 というレトロでセンチメンタルな感情を書いてしまうのは、この不遇な快楽亭ブラック(初代)の講談が今の言葉(書き言葉にも話し言葉にも)とかなり違うところにあって、読み通すのになかなか苦労したから。二葉亭四迷浮雲」第3部や夏目漱石になれば、小説の文体にそれほど違和感を持たないのに。若い作家たちが新しい文体の発見に苦しんでいる一方で、寄席や大道芸ではまだまだ古い日本語があった、ということになるのかな。
 この種の講談速記には、「怪談牡丹燈籠」、「真景累ヶ淵」などがあって、興味があるのだが、さてどうしようか。

「革命で英国に避難していたフランス人貴族が、王政復古で妊娠中の妻を捨てて帰国。失意と貧しさの中で生まれた双子の数奇な運命がドラマティックな「流の暁」(1891)。
偶然拾った一本の針から殺人事件を解決する「探偵」が魅力の「車中の毒針」(1891)。
当時流行の幻燈を使い、見事、冤罪をはらす「幻燈」(1892)。
父殺しの犯人を追い逆に罠にはまる娘とそれを助ける若者。予断を許さぬ展開が面白い「かる業武太郎」(1901)。」
筑摩書房 明治探偵冒険小説集 2 ─快楽亭ブラック集 / 快楽亭 ブラック 著, 伊藤 秀雄 著

 4年前(2011年現在)に読んだ記憶でもって語ると、「流の暁」は「ルコック探偵」の後半のメロドラマが次第に前半の殺人事件捜査に移動していくストーリー。双子のトリックはこの時代によく出てくる。ドッペルゲンガーの主題の小説が19世紀にいくつかあることを思うと、自分が自分であることに危機を感じるようになった反映かな。フロイト精神分析が同時期。
 「車中の毒針」は、横溝正史翻訳のヒューム「二輪馬車の秘密」みたいな感じ。馬車の中が殺人事件現場だったというのは、珍しい(と推測でいう。ドイルにあったかな、乗っているのはよく見かけたものだが)。
 「幻燈」は、乱歩「探偵小説の謎」で紹介されていたのでタイトルだけは知っていた。指紋を証拠にするのはいつからだったかと検証したほうがいいと思うけど(ピーター・バーンスタイン「リスク 上」日経ビジネス文庫やウィキによると1892年のゴールトンの著作がきっかけになっているらしい)、同時に幻燈がいつごろこの国に紹介され、いつごろ映画によって駆逐されたかも面白い話題。乱歩も昭和の通俗長編で幻燈による錯誤トリックをしばしば使っているし。
 「かる業武太郎」は親の仇を打とうとする娘の活躍。娘の身勝手が周囲に無駄な努力と迷惑をかけるというのが今読むと引っかかるところ。ジョン・ウェイン勇気ある追跡」みたいなものだったかな?

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