odd_hatchの読書ノート

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ジュール・ヴェルヌ「海底二万リュー」(旺文社文庫)-2

2016/07/21 ジュール・ヴェルヌ「海底二万リュー」(旺文社文庫)-1 1870年 の続き

 その他気になったところを箇条書きに。
・この小説には女性が一切登場しない。これはメルヴィル「白鯨」、ポー「アーサー・ゴードン・ピムの物語」、スティーブンソン「宝島」、ハガード「ソロモン王の洞窟」も同じ。独身男性だけの集団が、いろいろな妄執や熱病にうかされるように、秘境へ、奥地へ冒険する。そして行った先で、現地人への迷惑、資源の略奪(「海底二万リュー」でもあざらし、オットセイ、豚などを大量に狩って食糧にする)などを行う。現地人の抗議には耳を傾けないし、ときに軍備で威嚇する。ここらは帝国主義の時代の産物(20世紀の冒険小説にはあり得ない)。
(アニメ「宇宙戦艦ヤマト」にはたった一人の女性乗組員がいて、小説版ではそれが艦内の不安の原因になる。
2018/10/15 石津嵐/豊田有恒「宇宙戦艦ヤマト」(ソノラマ文庫) 1975年
・ネモ船長は国籍不明。乗務員も国籍不明で、しかも会話しない。あとにみるように、フロンティアにおいては国籍や肩書は不要になるのだ。しかし、アロナックス教授は執拗に国籍にこだわる。一緒に助けられて冒険航海を共にするネッド・ランドは「カナダ人」と強調されるし、行く先々で島や海の所有者にこだわる。まあ、彼においてはどこにいようと国民国家との縁が切れず、ナショナルアイデンティティが彼の自我の根拠になっている、といえるのだろう。同時代で同じ国のパスツールが「科学に国境はないが、科学者には国境がある」とナショナリズムを強調したのと同じ。
・このネモ船長。ラテン語の「名無し」をそのまま自分の名にしているのだが、その通りに経歴はしゃべらないうえ、自分を国家から離脱したものと規定する。社会(共同体)からも縁を切ったという。ノーチラス号の乗務員も彼の決意に共鳴したのか、全員が国籍を持たず、社会や国家への帰還を望まない。ほぼ自活できる機能を持っているノーチラス号にいることで衣食住は解決する。ただ、小説ではこの先のビジョンが見えない。国籍を離脱し、既存の国家を強烈に嫌悪(ネモは商船や軍艦を無告知で襲撃、沈没している)する先に、なにをしようというのか。独立国家として既存の民族国家に承認させようとする政治運動も行わない。男ばかりの集団では、組織メンバーの更新も行われず、新規メンバーの加入もなく、いずれ先細りになるばかりであるのに。なるほど国家と縁を切ったことで彼らは「自由」だ。で、その権威主義組織はどうするの?
・そうすると残るのは彼の博物学調査だけ。科学者集団からもネモは縁を切っているので、知識は共有されない。それは科学のルールや運営に則っていない。ここでも何のため、という疑問が生まれる。まあ、ネモの科学観は19世紀の体制化より前の、貴族の趣味レベルのものであるわけだが。そういう貴族的な思想の持主。
・いっぽう、ノーチラス号は当時の科学と技術の水準の上を行くもの。帆を使わず完全に内燃機関で自走する船は当時はない。艦内の設備や装備が完全に電化されているのもきわめて贅沢。もちろん船が水中を潜ることはできず、まして数日間酸素取り入れなしで連続走行するのも無理。そのうえ8カ月かけて世界一周するのは、個人ではできることではない。ここらへんは当時の読者の欲望を喚起するイメージだった。
・最後に、ノーチラス号ノルウェー沖でメールストレムに飲み込まれる。これはポーの同タイトルの短編のイメージそのまま。このころボードレールがフランス語に翻訳してポーの人気が出ていた。他にも、さまざまな本の引用があるはずで、とくに博物学関係は調査が進んでいるらしい。そんな具合に、引用でできた物語として読むのもできるかも。
 とはいえ、メルヴィル「白鯨」の鯨学以上に、こちらの海産生物の博物学の記述にはへこたれました。ほとんどのページはすっ飛ばして読んだ。まあ、興味が持続しないので仕方ない。

      


 メルヴィル「白鯨」1850年にも、この「海底二万リュー」1870年にも、「日本」が登場。そこに書かれた日本は閉ざされた恐ろしいところ、うかつに近寄ると何をするかわからない危険な場所。これがおそらく当時の世界での共通認識。まあ、なかにはビジネスチャンスや興味をもってやってきて、日本を整備された美しい土地、親切で穏やかで知的な庶民とみてくれた人もいる。この国に住んでいると、近しさから後者の方を選びがちだけれど、それはごく少数者のもので、多くの人は前者のように見ていたのだった。国家でも個人でもセルフイメージと社会的なイメージは乖離しているもので、なかなかその違いに気が付かないのだが、とくに国家ではその差異は著しいと思う。この国はユニークではなく、どこにでもありそうな普通の国であるという認識を持つことは重要。