odd_hatchの読書ノート

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ジョン・ガルブレイス「ゆたかな社会」(岩波現代文庫)-1

 ガルブレイス(1908-2006)の主著とされるもの。最初の版は1958年にでて、あと40年かけて5回の改訂版をだした。これは最終版を翻訳したもの。
 背景にあるのは、1950年代のアメリカ。自助努力が必要不可欠とされる民主主義の独立心。公共性やセイフティネットを無視した自由競争の19世紀の体験。戦争しながら経済成長をするという(2回の)稀有な体験。高度消費社会を1920年代に実現した先進資本主義。小さな国家を目指す自由主義と、セイフティネットを充実しようとする民主主義がつねにせめぎ合っている政治思想の実験国家。そのあたりを押さえておかないといけない。書かれていることをそのままこの国や西欧に当てはめると間違いになる。

ゆたかな社会 ・・・ 序。

通念というもの ・・・ 通念(conventional wisdom)は受け入れられやすいから尊重されている観念で、現実の分析には役立たず聞き手の安心をもたらすために流通する。通念の語り手は学者、政府の高官、成功した実業家など。通念では説明できない事態が訪れてから、通念は別の体系に変化する。(この本の目的は、当時の経済学の通念である古典派経済学と自由主義がいかに誤りであり人々の暮らしを悪くするかを、指摘することにあるみたい)

経済学と絶望の伝統 ・・・ 17世紀から自由主義型経済が生まれたが、不平等と貧困が付きまとい、経済の研究は悲観主義と絶望の伝統があった。スミス、マルサスリカードマルクスなど。

不安な安心 ・・・ 自由主義経済というシステムには、競争による破産や廃業の不安、循環的(と思われる)な不況という不安定を抱えていた。そこに不平等と貧困の拡大があって、古典派経済学の考えたように均衡を保つシステムとは思われなくなった。その典型が1929年からの大不況。

アメリカの思潮 ・・・ 19世紀後半から20世紀前半にかけてのアメリカの経済学者の紹介。特筆する人はなし。むしろイギリス人スペンサーの社会進化論の実業界や知識人への影響が大きかった。社会進化論は右派からの主流派経済学への挑戦であったが、1950年以降は影響力をなくした。

マルクス主義の暗影 ・・・ 非主流派経済学としてマルクスは大きな影響があった。経済学理論はともかく、社会理論の広範さと博学で多くの人を圧倒したのと、未来の見通しが明るかった(革命による混乱を克服しさえすれば)からである。こちらは左派からの主流派経済学への挑戦。こちらもアメリカでは影響力を1950年以降になくしていく。

不平等 ・・・ 1950-60年代のアメリカでは不平等が解消されつつある。資本家と経営者が変わったとか、大不況のために資産家の意識が変わったとかいろいろあるが、戦争中の生産の拡大で需要も拡大し、賃金率が上昇した(兵役のために労働者不足が起こったのもある)。著者はいろいろ理由をいうが、自分の見るところの核心に触れていないみたい。

経済的保障 ・・・ 市場の競争、需要の嗜好の変化、不定期な不況などは、生産者の生活を不安定にする。生産者・労働者の資産が増えるとともに、自発的・非自発的失業は恐れることになり、経済的保障(失業保険、高齢者年金など)が要求された。これらの保障の充実は生産の増加となって現れた(1920年代のこと)。現在(1950年代後半)では、経済的保障は国の経済発展に不可欠であり、政府が失業率に関心を持つようになった。古典派経済学では失業と経済的保障は各自の自由の範疇だった。

生産に優位 ・・・ 1950年代より前のアメリカでは、生産性向上のための設備投資や研究開発投資をしていなかったので、あらためるべき。市場の生産は監査されることはないが、公共サービスは必要悪であると、アメリカではみなされていて、いま(21世紀最初のディケード)でもその削減と市場化を進めようという意見がある。
(まあ、どこまでを公共サービスにするかは、国によって相当に異なるので、単純に他の国の施策を持ってくるのは危険だが。公務員の人口比率はこの国よりアメリカの方が高いしね。)

消費需要の至上性 ・・・ かつては不足、不便、非合理の解消のために消費需要が拡大した。いまではそれらはかなりなくなっているのに消費は減退せず、むしろファッション、消費そのことのために需要が喚起されている。生産が対応するために、無駄なばかげた商品が生産されている。

依存効果 ・・・ 生産者はマーケティング、アドバタイジング、セールス技術などを使って、需要の欲望を作りだし、それによって生産を拡大する。需要は所有その他の欲望を満足することがなく、つねに新たなもの、差異のあるものを要求する。生産と需要の相互の関係は依存効果で表現できる。労働者は雇用と生活の保障を願うが、消費者は欲望の充足を要求する。これはトレードオフの関係であるかもしれない。

生産における既得権益 ・・・ 1940年代のアメリカは戦争をしながら生産を増加するという稀有な成功体験をした(あとは1980年代のフォークランド戦争時のイギリスくらい?)。なので、実業家と知識人は生産優位の概念を通念に変えてしまって、アメリカでは否定しがたくなった。


 ここでのガルブレイスは、経済学者というより、経済学を使った社会批判の大家という趣き。経済学はなるほどスミス、リカードからケインズまで手際よくまとめられていて、マルクスにも好意的な紹介をしている。そのあたりの記載はのちの「不確実性の時代」に詳しい。とはいえ、現代アメリカ社会を分析する不平等以降の章で経済学が出てくるかというと、そういうことはない。当時の経済政策が批判検証されるわけでもない。主題は、いちはやく貧困から離脱し、国民全員(そういえばこの本ではマイノリティの貧困は無視されているなあ)が明日の衣食住に悩むことがないほどゆたかになった社会のいわば心理的な分析だ。
 とはいえ、ゆたかな社会を最も享受する実業家や資本家の描写に、カーネギーナポレオン・ヒルも登場せず、新しい企業経営の方法でドラッカーも紹介されない。前者の通俗ビジネス本がいまだに読まれていて、影響力があるから、その批判もしてみればよいと思う。


2015/05/12 ジョン・ガルブレイス「ゆたかな社会」(岩波現代文庫)-2