odd_hatchの読書ノート

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ポール・クルーグマン「クルーグマン教授の経済入門 」(日経ビジネス文庫)-1

 1989年にでて1994年に改訂版のでた経済学書。もともとは当時失速中のアメリカ経済の説明をする目的のようだったが、経済学の基本を学ぶのにちょうどよい内容と判断したので、このタイトルに変更。現在はちくま文庫に版を変えた(収録文や解説が書きなおされていると思う。そこまで追いかけていないので、実際は知らないです)。
 この本がありがたいのは、経済学史を追いかけていないこと(スミスもリカードもヒックスもシェムペイターも登場しない)と、過去の理論の説明がはしょられていることと、数式の出てこないこと。「現在」の経済状況を把握すればよくて、理論的な説明や数式による分析までする気のないビジネスマンや自営業にはぴったり。学生はこのあとにもっと専門的な本を読むのがよい。
 しかも、訳者の文体はとてもくだけたもので、経済学者が書いた啓蒙的な新書よりもずっと読みやすい。でも、その内容はいい加減ということはなく、ちゃんと専門理論まで踏まえた記述になっている。素人にはありがたい。というわけで、いってもようかGO.

第1部 経済のよしあしの根っこんとこ ・・・ 経済で重要なのは、生産性、所得分配、失業の3つしかない。生産性の向上(単純にたくさん作る、売るではなくて、高く売れるものを作るである)がないと、生活水準はあがらない。困ったことに1970年から先進国の生産性の向上は止まっていて、その理由はわからず対処法もない。生産性の向上に国際競争力(これも無意味な言葉)は無関係。1980年代から所得格差(貧乏人はますます貧乏に、超金持ちはもっとリッチに、ブルーカラーは所得が減少、技術者は所得が上昇)が開いた。その解決は累進課税だが、誰も手を付けられない。失業率を下げるのに消極的になるのはインフレが加速するから。インフレを起こさない失業率がどのくらいかよくわからないので、いい政策がなかなかない。でも失業は社会のリソースを無駄にするから将来の収入を小さくするので、放置もできない。

第2部 相も変わらぬ頭痛のタネ ・・・ 第1部の問題はでかすぎて、経済危機でも訪れない限り、手を付けるきっかけがない。そこでより手近な問題として貿易赤字とインフレの説明をする。
 輸入が増える貿易赤字が国内の職を減らすというけど、貿易赤字と失業率は関係ない。貿易赤字は将来の国に入るはずの収入を外国に渡すことになる(国債が外国人に買われて利子を払うとか、国内資産を外国資本が購入して利益をえるとか)。貿易赤字は国の総貯蓄の低下(稼ぐ以上に使うからそうなる)とそこからくる資本の巨額流入で生じる。貿易赤字を減らすには、国内品の需要を増やすこと(通貨安にして輸入品を割高にする)と財政赤字を減らして国内の需要を減らすこと。でもそれをやったらインフレとになるし確実に赤字を減らせるかはわからない。放置することにしているみたい。
(この国では貿易赤字になったことはめったにないし、赤字になるのは石油価格があがったときくらいか。この国では貯蓄性向が高いから、資本が海外に流出することはなく、1950-60年代には国内の公共投融資や銀行の投資で生産性を高めることになった。さて、賃金が上昇し、工業生産の優位性のなくなった国で貿易黒字はどういう意味になるかな。国内需要が上昇しないでデフレになるということか。それが1990年以降に起きたこと。)
 インフレは経済活動には中立的。でもインフレ率が不安定だと、意思決定をゆがめて経済の効率を落とす。変化率の安定したインフレは高率でも経済をだめにしない、インフレ抑制は高くつく。インフレを抑制するのは不況を起こして、デフレと失業を発生させること。
(これって1990年からのこの国で経済に大打撃になったよね。2013年から緩やかなインフレを起こして経済成長率をあげようとする政策が始まった。効果が出る前に、消費税増税で帳消しになったよなあ。)

第3部 政策問題 ・・・ で、個別政策問題を取り上げるが、いずれも貿易赤字とインフレに関係している。
 医療問題は、高額になっているうえに、いったん高額化した医療費は下がらないこと。そのうえ高齢化で経済成長率より高く伸びる可能性があること。うまい解決策はないねえ。
 真野俊樹「入門 医療経済学」(中公新書)あたりを参考に。
 財政赤字の前に国の貯蓄率。これは国内の純投資(資本ストックの増分)と純外国投資(外国に対して自国が持っている貸しの増えた分)で計算される(たいていは対GNP比率)。で、アメリカの場合、経営の資本を増やすことも必要だが、それは債権を外国に販売することで対応。個人の貯蓄も低いので、ますます外国の投資に頼ることになり、貿易赤字の原因になる。財政赤字はこれまでは人口構成がピラミッド型だったので回避できたが、少子高齢化で今後は収入が減り支出が増えることが予想され、さらに債権の利子払いが発生。解決策は、累進課税中流層への支出削減しかない。国民の大多数を占める中流層が痛みを持つ施策しかない。この層の投票が政治家の当落を決めるし、中流層は自分の不利益を拒否するからまともに論じられない。
 連邦準備銀行は「ベースマネー(国民が持っている現金と銀行が預金のバックアップとして必要のある準備金の合計)」の供給をコントロールできる。このベースマネーの出し入れを管理することで、準備銀行は経済にものすごい影響を即効的に及ぼすことができる。準備銀行は政府とは独立に運営されていることが大事。あと1980年代にマネタリズムの施策を行ったけど、連邦準備銀行のマネーサプライ管理は失敗したとのこと。
 岩田規久男 「金融入門(旧版)」(岩波新書)を参考に。
 通過の為替レートが大事なのは、貿易赤字/黒字に関係していると思われるから。とはいえ、どの水準がよいかは確定できないし、そもそも貿易赤字を本気で改善するかどうかアメリカ政府の思惑はわからない。まあ、通貨安/高の影響を声高にさけぶエコノミストには用心しなさいってこった。
 保護貿易の害は、世界経済の効率を悪くし、市場が細切れになるからスケールメリットが生かせない。保護貿易国は、生産性が低くて貧乏なことがおおい。自由貿易の方が生産性が高いという経験則があるけど、保護貿易論が出てくるのは、それで割を食う生産者がいて圧力をかけていることと、政府がどれを支援産業にするかという兼ね合いから。
 小野善康「景気と国際金融」(岩波新書)
 岩田規久男 「国際金融入門(旧版)」(岩波新書)を参考に。
 1970-80年代のアメリカから見た日本は、安い魅力的な商品を生産し輸出するが、自国には輸入しない(おかげでアメリカの貿易赤字が増える)、日本の市場は参入障壁が高くて、資本参加も起業もできない。いやなやつ、だった。クルーグマンにいわせると、日本との貿易はアメリカの貿易額からみるとそれほどではないし、ましてGNP全体からみると国内経済の方がずっと大きい。アメリカがダメなのは生産性が落ちたこと。で、日本の成功をみてプライドが傷ついているから、だって。実際に、1990年以降には日本はアメリカの脅威ではなくなった。(ここはとてもフェアな見方だと思う。あと、21世紀では日本の代わりに中国へ脅威の矛先は変わったのだろうな。)


 冒頭で経済問題は、生産性、所得分配、失業だよとまとめてくれるのがありがたい。生産が、価格が、失業率が、賃金、貨幣がどうのこうのという説明なし。いきなり新聞の一面にあるような話題に入る。なので、一見さんでも読むのが辛くない。ただ経済学の基本ははっしょっていたり書いていなかったりするので、別に参考書を読んでおくともっと良いと思う。
 わ、わかりやすい。でもって、そのとおり、そうだったのかがぺーじごとに現れる。他の人の本だとあれだけわかりにくかったのがこんなに簡単に表現できるんだ、とびっくり。でもって、経済学300年の歴史があっても、まだよくわかっていないことがある!
 で、彼の教えてくれたことの大事なのは、いわれているほどグローバル経済の規模は大きくない(国内経済のほうが大きいし、影響の深刻さも大きい)、生産性が上がったり下がったりする理由はまだよくわからん、インフレは安定していれば経済成長によい効果がある、国家間の協調経済政策はそれほどいいことはない、保護貿易も悪いことではないけど自由化している方が効率が良くなるよね、貿易赤字は失業率とは関係ないし国際競争力なんて幻想みたいなもん、とか。
 まあ、ここは先進国で国内経済の規模がそれなりにおおきくて、金があり貯蓄率もそれなりにあり、生産性をあげるいくつかの条件がそろっていること(教育水準が高いとか政府が公共投資をしているとか経済の不正や犯罪を取り締まれるとか官僚がそれなりに優秀で私利私欲に走っていないとか)が前提にある。ここの議論はそうでない貧乏国にはそのままには通用しない。とりあえず1989年当時ではアメリカとヨーロッパと日本がこの議論が成立する場所だった。

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2015/05/14 ポール・クルーグマン「クルーグマン教授の経済入門 」(日経ビジネス文庫)-2