odd_hatchの読書ノート

エントリーは2400を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2020/10/13

風見潤・安田均編「世界パロディSF傑作選」(講談社文庫)

 1970-80年代の講談社文庫は後発のためか、海外エンタメ部門では既刊の小説を別訳で出していた。差異化を図るためか、いくつものアンソロジーを編んでいた。すでに品切れになって久しいが、ときどき古本屋で見つかる。そうして手に入れた一冊。編者が読みの優れた人なので、質の高いものだったなあ、と今更ながらに感心した。とはいえ、1970年代以前に書かれた小説は意匠が古くなってしまっているが。(以上は風見潤編「SFミステリー傑作選」(講談社文庫)の感想の一部をそのまま使用した)

スーパーマン症候群(ノーマン・スピンラッド)1967 ・・・ 自分がスーパーマンであるという妄想をもつ患者にうんざりしている精神科医のもとに、759人目のスーパーマン・シンドロームの患者がやってきた。1960年代後半の作だろう。権威を壊すヒッピー・ムーブメントが自己を見失ってマッチョに魅かれるのをおちょくるショートショート

ホーカミの群(ポール・アンダースン&ゴードン・ディクスン)1957 ・・・ テディ・ベアそっくりの異星人ホーカが登場するシリーズを作者は書いていて、その一編であり、「くたばれスネイクス!」ハヤカワ文庫に収録されているらしい。どうやら、ホーカのいる星で地球人がキャンプをしていたら、ホーカがキップリング「ジャングル・ブック」に影響されて、小説通りの言動になってドタバタになった、という話らしい。あいにくホーカ・シリーズもキップリングも読んだことのないおいらにはちんぷんかんぷん。

好色な神へのささげ物(ウィリアム・ノールズ)1960 ・・・ ささげ物とは1930年代パルプ雑誌SF小説の由。筋肉はたくましいが頭はよくないヒーローが、スタイル抜群ですぐに脱がされるヒロインとのやり取りを懐かしむ。これは荒俣宏「稀書自慢、紙の極楽」(中央公論社)で当時の挿絵や表紙絵を見ながら、無数にあるたったひとつの物語を思い浮かべながら読むべし。

スカーレティンの研究(ジョナサン・スウィフト・ソマーズ三世(フィリップ・ホセ・ファーマー))1975 ・・・ 蒸気機関で自動車の走るもう一つの現代ドイツ。失踪した画家の行方を調べてほしい夫人が訪れたのはラルフ・フォン・バウバウ。なんとボギー(ハンフリー・ボガード)の声でしゃべる犬!ドイル「緋色の研究」を換骨奪胎したパロディ。語呂合わせの妙を楽しむ。
(関連書)
ロバート・フィッシュ「シュロック・ホームズの冒険」(ハヤカワ文庫)
ロバート・フィッシュ「シュロック・ホームズの回想」(ハヤカワ文庫)

バーニイ(ウィル・スタントン)1951 ・・・ 知能を持ったネズミの実験。キース「アルジャーノンに花束を」1959年のパロディに読めるが、解説によるとこっちが先とのこと!

吸血機伝説(ロジャー・ゼラズニイ)1963 ・・・ マシスン「吸血鬼(または地球最後の男、あるいはアイ、レジェンド)」の後日談。地球最後の人間と最後の吸血鬼が老衰で死んだあとに、吸血ロボットが残っている。「永遠」の恐ろしさ。

レンズマン裏舞台(ランドル・ギャレット)1978 ・・・ ううっ、スミス「レンズマン」シリーズは未読なので面白さがよくわからない。タイトルは第二段階(SecondStage)と裏舞台(BackStage)をかけているのだって(前者がレンズマンシリーズのタイトルであることくらいは知っている)。

昇華世界(J・G・B(ジョン・スラデック))1968 ・・・ J.G.バラード文体模写。静謐で退廃的な無人の都市の物語(たぶん)。

暗殺者たち(ロン・グーラート)1977 ・・・ 宇宙で活躍するペーパーバックライター・シルビアに、失踪した人気作家ハンモッカーのシリーズの代作をしないかと持ち掛けられる。ハンモッカーの原稿をシロクマのコスプレをした連中が奪いに来るわ、暗殺者ファンダムがあるわ、とどこか間の抜けた社会。まあ、当時のSFファンジンの楽屋落ち小説です。

欠陥(ジェィムズ・ブリッシュ&L・ジェローム・スタント)1974 ・・・ 超巨大なコンピューターシステムULTIMACが誕生し、政治家をしつぎょうさせた。以来10年たって、故障が起きたとき、整備員は一人しかいない。自律的に修復システムをつくりだしたULTIMACは整備員をロボットか何かと思うようになって。現在に至る分散型PCの前には、このような中央集権型の巨大コンピューターが知能を持ち、人間を支配するかもしれないという恐怖があったものだ。その当時の作品。アシモフの「ロボット三原則」が登場し、さらに2項目が追加される(追加分は問題ありまくり。アシモフの原則はよく考えられていて、追加や修正が困難なのがよくわかった)。

昏い世界を極から極へ 続「フランケンシュタイン」(スティーブン・デトリー&ハワード・ウォードロップ)1977 ・・・ メアリー・シェリー「フランケンシュタイン」の後日譚。実は怪物は北海で死ななかった。地球の空洞に行き、そこで<王>になり、さらに……という具合。章の始まりに19世紀ゴシック小説や地球空洞説の紹介があり、そのパロディになっているとのこと。風間賢二編「フランケンシュタインの子供」(角川文庫)というフランケンシュタインのパロディだけを集めたアンソロジーもあるので、好事家は参照のこと。


 解説ではパロディとは何かを長い文章で説明している。初出の1980年にはすでに「パロディ」のことばは人口に膾炙していて、難しいことはなかったのだが、それは自分が「若い人」だったからで、当時の中年以上の読者にはこのような説明が必要だったのだろう。筒井康隆も1970年代にパロディを説明するエッセイをいろいろ書いていた。
 パロディは元ネタを知っていると面白がれるのだが、アメリカの主に1970年代の小説では元ネタを知らないものもあって、それはニヤニヤすることができなくて、あくびを噛み殺したりした。まあ、このアンソロジーを21世紀に読み直す必要はもとよりないが、21世紀にパロディアンソロジーを編むとすると、元ネタになるのはどういう作品なのかなあと考えてみた。おれのようなノスタルジックでアナクロな興味をもつと、現代のブームはさっぱりわからなくて、見当もつかない。そういえば同人誌に興味を持てないのは、元ネタのアニメやマンガを知らないからだった。