odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

筒井康隆「全集4」(新潮社)-1960年代のジュブナイル小説「時をかける少女」「緑魔の町」

 戦後から昭和が終わるころまで、旺文社の「中一時代」、学研の「中一コース」などティーン向けの学習雑誌があった。1960年代のマンガ雑誌には小説の欄もあった。そのような雑誌に掲載・連載したものを集めた。ほかに小学生低学年向けに書いたものも収録。このあとしばらくジュブナイルは書いていない。

悪夢の真相 1964.09-12 ・・・ 中学2年生の昌子は般若の面と手すりが怖い。なぜそうなのかを調べる。俗流フロイト主義の小説ですな。当時の読者はそんな謎解きより、幼馴染とはいえ中学生がデートできるというシチュエーションに憧れたのではないかな。

時をかける少女 1965,11-1966,05 ・・・ 何度も映画、テレビドラマ、アニメになっている古典なので、ストーリー紹介は不要。初恋と同時の失恋、同じ日の繰り返し(しかし自分だけが異変に気付いている)というのが受けるつぼかしら。数回目の再読だけど、自分には物語が単調すぎる。この後に、最初の映画1983年を見てから、「シナリオ・時をかける少女」1983.06を読むこと。

かいじゅうゴミイのしゅうげき 1966,02 ・・・ ごみの島に放射性物質を捨てたら、かいじゅうゴミイが誕生。大人はなさけない人ばかり。当時の風俗(ごみの島、都市の異臭さわぎ)に注目よりも、「げらげらわらいころげましょう。さわぎましょう」のアジが重要。

うちゅうをどんどんどこまでも 1966,02 ・・・ 宇宙船に密航したら「うちゅうの終点」についてしまって。「はいっちゃいけないと書いてあるところへは、どんどん入っていったほうがいいよ」だってさ。

地球は おおさわぎ 1966.05 ・・・ ケンタウルス星から来たシリコニイが地球の銅像に命をあたえて大騒ぎ。シリコニイは「私説博物誌」参照。

闇につげる声 1966,05-10 ・・・ テレパスの友人がS***国諜報部に拉致された。仲間と一緒に助けようとする。成功したが世間はかれら超人を許容しない。 オラフ・ステープルドン「オッドジョン」(ハヤカワ文庫)の再話で、七瀬シリーズの前駆。世間とは違うユニークな人間であるという自己認識が中学生にはうけるのだろう。あと、当時はやったスパイもののパロディ。

果てしなき多元宇宙 1967.03 ・・・ 数学と歌が苦手な暢子さんは自分の望む世界へタイムワープ!

赤ちゃんかいぶつベビラー 1967.08 ・・・ 赤ちゃんが巨大になって大騒ぎ。同時期に「フランケンシュタイン対地底怪獣バラゴン」があった。

白いペン・赤いボタン 1967.09 ・・・ 未来を予知する白いペンを高校生が手に入れた。

超能力・ア・ゴーゴー 1968.03-05 ・・・ 音痴の高校生が開頭手術を受けて天才になった。

デラックス狂詩曲(ラプソディ) 1968.05-07 ・・・ 映っているものの複製をつくりだすテレビを女子高生が手に入れた。

暗いピンクの未来 1968.09-11 ・・・ 勉強嫌いで絵が好きな昭和51年(初出は昭和43年)の高校生が、時空の混乱で昭和63年の未来(!)に飛んでいき、自分に出会った。夢は別の形で達成したが、本人は憂鬱。

緑魔の町 1967.12-1968.03 ・・・ 夕方、倉庫に閉じ込められて、ようやく外に出たら、街の人が誰も自分のことを知らなかった。こっそりのぞくとあかなめ(日本の妖怪)に変わっていた。シーゲル監督「SFボディ・スナッチャー」(原作ジャック・フィニイ)の筒井版。あるいは「宇宙指令M774」@ウルトラQ。自分が自分であることは、他人が自分であると認めることなのがよくわかる。


 大人向けのドタバタ、ハチャメチャ、スラップスティック、言語遊戯などを期待すると肩透かし。どうしてこんなに低調になってしまったのかなあ。ストーリーの展開が1930年代のアメリカSFのままだし。なにより主人公が「いい子」ばっかり。そのうえ、ティーンが苦労せずに金をためたりガールハント(マンハント)できたりする話だし。読んでいる間は気分がよくても、全然後に残らないのだよなあ(作家も自覚していたのか、「腹立半分日記」で「超能力・ア・ゴーゴー」を書いても全然面白くないという記述があった)。
 同時代だと、 大石真「チョコレート戦争」(講談社文庫)斎藤惇夫「グリックの冒険」(講談社文庫)のような児童文学の傑作があった。ティーン向けなら、辻真先「仮題・中学殺人事件」(創元推理文庫)もあった。これらと比較すると、作家の仕事はずいぶん落ちる。残念。