odd_hatchの読書ノート

エントリーは2600を超えているので、記事一覧よりもカテゴリー「INDEX」をご覧ください。2021/9/25

ジョン・G・バラード「第三次世界大戦秘史」(福武文庫)

 1990年初出のバラードの短編集。10番目になるらしい。

War Fever ウォー・フィーバー (1989) ・・・ ベイルートではずっと戦闘・内乱が続いていた。叔母と姉と暮らすライアンは国連平和維持軍の医師と行動を共にするうちに、みなが国連軍のブルーヘルメットを被れば戦争が終わると考え、人に話してみた。すると1週間で戦闘が止んでいく。平和が訪れるかに見えたのだが…。中東の終わらない戦争にある条件を外挿することで、「アルファ・ケンタウリへの十三人」@永遠へのパスポートの「現代」版になった。筒井康隆「ベトナム観光公社」を参照のこと。

The Secret History Of World War 3 第三次世界大戦秘史 (1988) ・・・ 1995年1月27日に始まった第三次世界大戦は4分間で終了した。そのことを覚えているのは「私」だけ。その間他の国民は、テレビに映る3期目のレーガン大統領の病状レポート(心拍とは血圧とか脳波とか)に熱中していた。大統領が、絶対王政時代の国王のような見世物に化してしまう。俺らには昭和天皇の最後の半年間で同じことが起きたので、乾いた笑いをあげるしかない。

Dream Cargoes 夢の船荷 (1990) ・・・ カリブ海有機系の化学廃棄物を乗せた船が走っている。中身の得体の知れなさですべての港で停泊が拒否され、ある環礁に座礁した。漏れ出た廃棄物が周囲の生物の発育を促進し、人の時間感覚を失わせていく。環礁の生物の進化はとどまることなく…。夢見る男は最後に海に泳ぎだす。鳥のイメージを追って泳ぐその姿は、意図は違えどエーコ「前日島」のラストシーンに重なる。

The Object Of The Attack 攻撃目標 (1984) ・・・ 元宇宙飛行士が新しい宗教の教祖となり、レイシズムナショナリズムをあおる。それは人々の煽動に成功しつつある。一方、アブダビ生まれで癲癇もちの若者が精神疾患のすえに、テロリストへと変貌する。レーガンサッチャー、ダイアナ妃などが実名で登場し、当時の新自由主義が反共を強め、中東の戦争が収まらないとき、これはありえたかもしれない「現実」であった。

Love In A Colder Climate エイズ時代の愛 (1989) ・・・ エイズの蔓延で人口減となり、人の性欲が亡くなった時、教会がペアを選んで強制的に性行為をするようになった。愛のない性行の義務期間を終えると、独身生活に戻る。こうして出生率は元に戻ったが、ひとりのアノマリーが現れて…。1989年はスーザン・ソンタグ「エイズとその隠喩」(みすず書房)の出た年で、エイズの危機がもっとも深まった時代。星新一ショートショートにも性欲の無くなった未来で、政府が性行を管理するというのがあったな。で、21世紀の少子化はこの小説に追い付いたのだった。あとガルシア=マルケスに「コレラ時代の愛」という大作(1985年)があって、タイトルがそっくり。

The Largest Theme Park In The World 世界最大のテーマ・パーク (1989) ・・・ EU共同体が成立して、(西)ヨーロッパが統合されると、エリートや学生などから勤労意欲がなくなる、という皮肉な風刺。イギリスは一貫してEU不支持。1989年当時は日本とアメリカが好況で、西欧は不況で失業率の高かった時代。日本の企業が西欧の文化遺産を購入するという挿話はそのあたりの背景があり、実際に購入してひんしゅくを買っていたという事実もあるので、新しい読者はご注意。

Answers To A Questionnaire 尋問事項に答える (1985) ・・・ なにかの事件の関係者への尋問。神のような男の奇妙なふるまいが浮かび上がり、皮肉な結末になる。尋問の答えだけあって、問いが書かれていないのがポイント。答えから何を聞いているのかを考え、その意図を知ることになる。と同時に問いがないことで、回答者の内面にフォーカスする。探偵小説の尋問シーンとはまるで違うよね。プイグ「蜘蛛女のキッス」にも似たようなシーンがあった。黒澤明羅生門」の白洲シーンもそうだった。

The Air Disaster 航空機事故 (1975) ・・・ 映画祭の取材中のジャーナリストにジャンボ機墜落のニュースがはいる。いっせいに現場に向かおうとするが、どこかわからない。彼は単独行動でメキシコの山中に入っていく。山を登るにつれて文明が昔になっていき、自分がバチガイになっていくところ、生と死の感覚が異なるところ。圧縮されたカルペンティエール「失われた足跡」

Report On An Unidentified Space Station 未確認宇宙ステーションに関する報告 (1982) ・・・ 宇宙ステーションに着陸した探検隊の報告。ステーションは調査するごとに広くなり、行方不明者を出すに至る。広大な空間がステーションの内部に広がる。恐怖を感じたのちに至る至福の感情。グレッグ・ベア「永劫」に似ていながら、とても違う。ポイントは広大な空間の虚無に存在の根拠を見出す至福感を得られるかどうか。

The Man Who Walked On The Moon 月の上を歩いた男 (1985) ・・・ コパカバーナのカフェで「月の上を歩いた男」を自称する男の独白。宇宙空間でみた巨大な虚無と、映画館の狭い部屋で己の中に覗き込む虚無が同じになっていく。この男の仕事はそのまま「作家」であるのだろうなあ。

The Enormous Space 巨大な空間 (1989) ・・・ 離婚と職場の危機に会った中年男。出社の直前に、家を出ないことに決める。家の中をからにする作業によって、空間が広がり、一室が宇宙のようになる。「物指しのない、測ろうとする意識のない世界」に彷徨いこむ。バラードの小説はみんなそういう世界をもとめるものだったのかな。自宅警備員の夢見る子宮とはまるで違う場所。

Memories Of The Space Age 宇宙時代の記憶 (1982) ・・・ 宇宙開発計画で宇宙に飛び立った者は、ある距離を超えると精神に異常をきたし、帰還するとラルゴ病を蔓延させた。時間感覚がのろくなり、ゆっくりとしか動けなくなり、睡眠時間が長くなる。こうしてフロリダ一帯は放置された。そこに残る宇宙飛行士と医師夫婦。互いに互いを憎み、ラルゴ病に侵された彼らの行く末…。だれもいないフロリダに古い飛行機と最新のグライダーが飛ぶというイメージが美しい。音楽の速度記号で最も遅いテンポの指示を意味する「ラルゴ」病もイメージ喚起力を持つ。宇宙に飛び立つというのは、50年代のハインラインアシモフブラッドベリ、クラークにはフロンティアへの冒険であったのが、80年代のバラードには災いとなる。そして宇宙にあこがれる空間への誘いが、自他の区別のなくなる眠りへの嗜好となる。「時の声」の80年代版。

Notes Towards A Mental Breakdown 精神錯乱にいたるまでのノート (1976) ・・・ 18語のタイトル(?)につけられた18個の註。詳細な註は本文の内容を想起させるに十分な内容。そこに書かれたある精神科医の妻の殺害と精神崩壊の軌跡。本文よりも註が面白い作品がある。あるいは本文よりも註の方が文章の多い本がある(前者は柴谷篤弘、後者は落合太郎訳のデカルト方法序説岩波文庫渡辺一夫訳のラブレー「ガルガンチュワとパンタグリュエル物語」岩波文庫など)。その種の本で註を熱心に読んだ記憶がよみがえる。さて、註の最後では本文と註の役割を転倒させる文章が挿入される。そこで読者は精神錯乱に至ったのは読んだ自分自身ではないかという疑心に囚われる。読むことの恐怖。

The Index 索引 (1977) ・・・ 発禁処分となったある無名氏の自叙伝の索引。本文は失われ、800ページあると思われる内容はここから類推するしかない。固有名の並びから無名氏の人生を想像のうちに再構成する。綺羅星のような固有名の並びから彼らの事績や逸話を思い出し、あわせて20世紀の歴史も再構成される。その思考のなんという喜び。翻訳ではアイウエオ順に並んでいるが、原著はアルファベット順だろう。語の並びの違うと、読者の想像した人生や歴史も違ってくるのだろか。


 1960年代のバラードは、世界を別のやり方で解釈するために新しい想像的な都市やリゾートなどを構想した。1980年代のバラードは現実の世界をちょっとずらす視点を外挿することによって現実の都市やリゾートなどが幻想で作られていることを明らかにしていった。おなじことをテキストにも行って、読者が見慣れているテキストを異様で奇怪なものに変えてしまった。不思議なことに(困ったことに)、1980年代にバラードによるイマジナリーな開示は21世紀の10年代にはリアルなものになっている。