2024/11/28 フョードル・ドストエフスキー「白痴 上」(新潮文庫)第2編6-12 金儲けの欲望にまみれた地上の人間は金に執着しない天使人間の前で醜態をさらす。 1868年の続き
現代は英語の「idiot」に相当する言葉。これを「白痴」と強い言葉にしたのはムイシュキンたちにはふさわしくない。「愚かな人」「おばかさん」あたりの軽い言葉のほうがいいと思う。(遠藤周作に「おバカさん」という小説があったのは、このあたりを反映しているのかなあ。未読)
1 ・・・ エパンチン将軍夫人リザヴェータは自分の思い通りに娘が結婚しないが不満で煩悶。ムイシュキンが来てから娘たちがわがままになったと公爵に怒っている。さて、今日はエパンチン家の午後の集まり。ラドムスキーが「ロシアの自由主義者は非ロシア的、ロシア的な社会主義者はいない」と自説を主張。ムイシュキンは人を殺しても反省しない犯罪者を知っているが、後悔しなくても自分が犯罪者であると知っていると返事。
(ラドムスキーはドスト氏のような汎スラブ主義者で保守。ドイツ流の近代化・西洋化に全く納得していない人だ。ラドムスキーとムイシュキンの会話から「悪霊」が構想されたのではないかと妄想。)
2 ・・・ アグラーヤはムイシュキンにあなたとは結婚しないと宣言。ムイシュキンもそういうつもりはないという。一同が公園に出かけると、なんとナスターシャと取り巻きがいた。すれ違い様ナスターシャはラドムスキーに「あなたの伯父は自殺した」という。この挑発で憤慨した士官が「売女を懲らしめないといけない」と侮辱すると、ナスターシャはステッキを奪って士官を打ち据えた。士官が殴り掛かろうとすると、ムイシュキンが羽交い絞めにして逆に投げ飛ばされた。ロゴージンらが駆け寄って、ナスターシャを連れて行ってしまった。
(彼らと遭遇するまえに、ムイシュキンは「見覚えのある青ざめた顔」を雑踏に見出す。もちろんロゴージンのことなのだ(次の章で「青ざめた顔」をして登場)が、俺は「分身(二重人格)」のゴリャートキン氏のようにドッペルゲンガーを見たのかとおもってしまったよ。ムイシュキンにも症状が現れたかのように読んでしまった。)
3 ・・・ ラドムスキーからするとエパンチン家に隠していた二人の「交渉」を暴露された格好になり、エパンチン家の夫人は不機嫌(しばらく前にアグラーヤはラドムスキーのプロポーズを断ってた)。ムイシュキンと二人になったアグラーヤは決闘のやり方を尋ねる(というかムイシュキンに教える)。外にでるとエパンチン将軍が追いかけてきて「自殺」のうわさは本当だという。ふとポケットを探ると、アグラーヤから逢引の誘いの手紙が忍ばせてあった。ケルレルがきて前の章の士官が決闘を申し込むだろうから、介添え人にしてくれと頼む。ムイシュキンは本当なら決闘するさと笑う。ロゴージンが姿を現し、ナスターシャの気まぐれと不機嫌に愚痴をこぼす。ロゴージンは「ムイシュキンを信じているが好きじゃねえ」と明かす。ふたたびナイフで襲われるかとも思っていたが、そうではないのでロゴージンを家に誘う。今日はムイシュキンの誕生日、パーティをしよう。
4 ・・・ すでに日付が変わった深夜。ムイシュキンの家にもどると、すでにパーティが始まっている。イポリートが気分がいいというので訪問したので、レーベジェフがパーティにしてしまったのだった。陽気な議論がおこるが、イポリートも ラドムスキーもガブリーラもロゴージンもムイシュキンと二人きりでしゃべりたい様子。
(酒を飲んで陽気になったレーベジェフはなんとロシアにおける食人の歴史を語りだす。農奴解放で悲惨待遇に置かれた農奴への同情とロシアの土地への愛着からこの話題になったのかしら。)
ロゴージンは嫉妬の人。彼が愛する人は絶対に彼になびこうとしない。彼を愛する努力をすることもしない。むしろロゴージンを嫌っていることを態度でも言葉でも示す。たいていの人はそこまでの関係になると離れてしまうものだが、ロゴージンは追いかける。その結果ますますナスターシャの気まぐれと嘲笑はひどくなり、ロゴージンは傷つく。彼にとっては傷つくことが大事。苦しむことが自分の存在の証であるかのようだ。
他の人間(たとえばガブリーラやレーベジェフ)には強気で傲慢で居丈高で自信満々。男に対しては権力的なふるまいをする。それが女性になると、とたんに自ら進んで奴隷になろうとする。こういうマゾヒズムはホモソーシャル社会ではありそう。男同士の社会でもストレスがあり、抑圧があって、その結果マゾヒズムに向かうのかもしれない。
相手を傷つけることで自尊心を保ち自分の劣等感を隠そうとするサディストと、相手に傷つけられ苦痛を感じることで自己の存在証明にするマゾヒスト。こういう組み合わせはドスト氏の小説にたくさん登場する。それこそ「家主の妻」の奇妙な夫婦から、「カラマーゾフの兄弟」のドミトリーとグルーシェニカ、アリョーシャとリーザのように。こういう凸凹な、あるいは共依存のような関係はふつうでないから、そこから「真実」がみえると考えたのかも。
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2024/11/25 フョードル・ドストエフスキー「白痴 下」(新潮文庫)第3編5-10 余命わずかの青年は世界と神を憎悪し、自由意志による行動に失敗する。 1868年に続く